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遠くて近い、狭くて広い家

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「だからってさ、海を越えて誰もいないところで泣き喚いてこなくても良いのに」
「なんで知ってるの?」
「私だからね」
握った手をスカートの上に落とす。大きさは同じくらいだがやはり今の紗英の方が少し丸く、細かい傷も見えた。
「お母さんの居ない家で泣くなんて考えただけでも気が滅入るよ。私も貴方から話を聞いたとき泣きそうになったけど、そんな事はもう十年も前にしたことだからって、すぐ分かったから簡単に受け入れられた」
「狡い」
「狡くないって、そう言う私も居たって可能性だけど・・・・・・辛かったよねお母さんが死んじゃったのは」
「うん・・・・・・」
不思議な事に自分の言葉だと思うとすんなりと納得できた。
学生服を着た髪の短い紗英が母親のように、今の紗英を慰める。考えればおかしな事だ。この時は感情が理性を制していた。
「けど、お母さんの服を着てるって事はやっと納得できたんでしょ?」
「そういう分けじゃない、ただ服がなかったからタンスから出しただけで・・・・・・」
「なに自分相手に虚勢を張ってるの、十年も私がウジウジしている間にさ、ヤス君は立派な大人になったし。本当の自分を見てくれる人なんて居なくなっちゃうよ」
「私にはなにもしてあげられる事ない・・・・・・」
「じゃあしてあげられる事あったら、してあげればいいのよ」
十五歳の紗英は立ち上がって辺りを見渡す。
古い家だ、十年たっても殆ど変わらない。時が止まったように、家の中は変わらない。
「変わらないものって良いね。やっぱりこの家を手放さなくて正解だよ」
十五歳の紗英が俯く紗英の頭上に手を置いた。
「紗英、壊すのは一瞬だけど作るのだけは延々と続くことなの。けど、辛いかどうかは実際には自分しか分からない。もう一度どうしたいかよく考えなさい。それだけは貴方の自由だからね」
優しく撫でた手はさっきまでの手とは違った。大きくて優しい手。ずっと前に優しくしてくれた感覚。
手が離れると、畳を踏む音が聞こえて、玄関を空ける音が聞こえた。
慌てて紗英は立ち上がって歩き始める。
玄関と生け垣の門は明け放れたままだった。
誰かがこの家を去っていった。
「お母さん?」
最後の優しい声だけが自分では無かった。
紗英にはそれが分かった。