遠くて近い、狭くて広い家
そうだ何もかもこの目の前の人物にはお見通しなのだ。十年前の自分なのだから考えていることは一緒だ。
「本当に変わらないのね、私は」
「そうよ、変わらない。お母さんの服を着たって私は私なのにね」
「なんでそんなに自分を責めるの?」
「嫌いだもの、貴方もそうでしょ?」
「そうね、すぐに他人に壁をつくって遠ざけようとする自分は嫌い。だから勇気を出して、ヤス君をデートに誘ってみたの」
和服の紗英が目を大きく見開く
「二人で違う風景を見るのは楽しかったよやっぱり。中学校の時からずっとやってきた事だもん。なによそんなに恨めしい顔しないでよ。デートしたのは自分なんだから満足でしょ?」
「恨めしい顔なんかしてない」
「してるよ」
紗英は自分の顔を触る。といっても十五歳の顔だ。張りのある肌よりも、なにも恐れていない真剣な眼差しの方が羨ましかった。
「十年前はヤス君をどうしようなんて考えもしなかった」
「ただの弟子? 弟?」
「名前なんか付いていない、大事な・・・・・・存在」
「居てくれれば良かったんだよね」
「そう、居てくれるだけで良かった」
「お母さんも?」
十五歳の紗英が今の紗英の手を優しく包む。
「そうでしょ? 病気の看病なんかなにも苦にならなかったじゃない?」
「そうだね、お母さんが居てくれた事、本当に嬉しかったね」
昔の自分との会話はなんと気持ちよいのだろう、お互い分かっていることを確認していく。
そこは建設的な議論や、他人との共同作業の会話とは違う、自己を見つめ直す作業だ。
「それでお母さんが亡くなった時、我慢できなくなったんだね」
「そう、私は我慢が出来なかった。お母さんが居ない家で私一人で暮らすなんて考えられなかった・・・・・・」
「けどヤス君が居たよ」
「今更甘える事なんて出来ない」
「家の掃除をやらせ置いて?」
「何度も断ったわ」
「けどヤス君は私をずっと見ている。母親を看病しながら自分の世界をスケッチに落とし込んでいく姿をね」
「重荷だった?」
「違う、そんなこと無い」
二十五歳の紗英は子供のように首を振る。
「ただ私はヤス君の頼れるお姉さんになれないの、本当はあの時、お母さんが亡くなったとき世界を壊したいほど泣きわめいて納得したくなかった」
作品名:遠くて近い、狭くて広い家 作家名:さわだ