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遠くて近い、狭くて広い家

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「実は迷ってるんだ、日本の事務所にウチで仕事をしないかっていわれていて。けどオランダの事務所もまた一緒にやろうって誘われてる」
「凄いね、オランダと日本で取り合いなんて」
「たまたま人手不足だから」
「誰でも良いって分けではないんでしょ、建築の仕事なんだから。ヤス君は海を渡って立派になったんだね。私は結局家に戻って来た」
「紗英姉の方が立派だよ、両親が居なくなっても一人で海外に出て苦労して」
「自業自得でしょ? 勝手に家を飛び出して」
「けど、あの家で暮らしたくない気持ちは分かるんだ」
ずっと紗英は母親とあの家で暮らしていた。亡くなった人の思い出は強く残る。
「じゃああんな古家、壊してしまえば良いのに・・・・・・未練がましくあのままにするから私みたいな幻が出てくるんだよ」
やけっぱちな紗英の声、乱れる前髪で表情が読めなかった。
「君はあの家が作り出した幻なの?」
紗英は繋いだ手を挙げる。
「こうやっていないと存在できない、家の中でしかいられないんじゃやっぱりあの家の亡霊と考えるのが筋が通っているかなって。自分の存在する理由は分からなくても、理屈は分かるよ」
「紗英姉があの家に戻って来た理由を知ってるの?」
「ヤス君は分からない?」
「何となくは・・・・・・寂しいんじゃないかな?」
言葉の通じない海外で生活するのは大変だ、それくらいは半年しか留学していない靖孝にも分かる。
「半分正解だ」
「もう半分は?」
「知りたい?」
制服のタイが風に揺れる。
「逃げてる」
「何から?」
「私から」
紗英は強く靖孝の手を握った。
「なんで自分から逃げなければ行けないの?」
「この世で一番不幸な人って知ってる?」
分からないと靖孝が首を振ると、紗英は嬉しそうに靖孝の耳へと顔を近づけた。
そっと誰にも聞こえないように手を添える。誰もいない海岸なのに、本当にひっそりと。
「自分が一番嫌いな人」
紗英の声は大人びて、あの日靖孝が憧れ続けた紗英の声。全部正しい答えを知っているような迷いのない価値観から発せられる声。
「私はもうヤス君に海を見せて貰ったから、もうなにもいらないよ」
「紗英姉?」
「私の方が年下だよヤス君」
「けど僕にとっては何時の紗英姉も、紗英姉だよ」