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遠くて近い、狭くて広い家

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紗英は嬉しそうにしながら柵の上に肘を付いて遠くを眺める。風景の中心には自分が住む小さな家が見えているのだろう。だんだんと顔からさっき唐揚げを頬張った無邪気さは消えて、静かな目になった。
「紗英姉はこの景色好きなの?」
「うーんどうかな・・・・・・」
「スケッチブックに沢山描いてあった」
「好きだから沢山描くわけでもないよ」
「じゃあどうして描くの?」
「気がつくと描いているだけ」
それを好きというのではと靖孝は思うのだが、紗英は無表情に遠くを見上げる。
この時の紗英の表情は無邪気な女の子でも、大人びた表情でもなかった。ただ、遠くの家を不思議そうに眺めた。
結局唐揚げを全部食べるまで、紗英と靖孝は古い橋の上から古い家を見ていた。
下を流れる川に夕日が沈む、気がついたら少し薄暗くなって、二人で慌てて帰った。
家は電灯も付いていない。
薄暗い古い家が急に廃屋のように見えて、靖孝は不思議な感じがした。いつもは暖かく、牧歌的な雰囲気に包まれた家が静まりかえっている。靖孝にも気が付く異変は、住んでいる紗英の方が敏感に反応した。
玄関に立つと紗英はスーパーの袋から手を離し、直ぐに庭に出て開けっ放しの縁側から駆け上がる。
あまりの速さに付いていけたなかった、怖さを感じながら靖孝が追いつく頃には紗英は床に座り込んで居た。
「紗英姉?」
寝室で紗英の母が寝ている。座り込んだ紗英は静かに母の胸に顔を沈めた。
静かだった。
妹島家に音がするモノは一つもなかった。家電製品が発する小さな音も、空調機の唸る音も聞こえない。
家を支える木材が全てを吸い取ってしまっているのか、それとも古い畳のせいだろうか?
紗英は直ぐに起きあがると、母の顔を覗き込んだ。
閉じた目蓋、紗英と同じように何処か人を突き放すような整った顔、微笑めば全ての人が寄ってくる。表情を無くして真っ直ぐに天井を向く。
靖孝は恐る恐る紗英の横に立つ。
先ほどと変わらない、遠くを見つめる紗英の横顔があった。
母親の顔を見ているのだろうが、何処か遠くを見ているように目に力がなかった。
「静かね」
靖孝には自分の心臓の音が聞こえた。信じられないくらい、大きな音を立てていた。たぶん始めて見る人の死に対してどうすればよいのか分からないのだろう。
隣に座る紗英は対照的に動揺もせずに、死を受け止めているようだった。