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KNIGHTS~短編集~

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一緒がいいよ、野口君


 おばさんが死んで、ナツはすっかり変わった。
 ずっとぼんやりしていて、飯も食わない。隈が出来ているから、多分寝てもいないんだと思う。
 身体も弱ってるのがはっきり分かるくらいに痩せてきて、ついに今日、病院へ連れていこうということになった。このまま放っておく訳にはいかないから、点滴でも打ってもらった方が良い。
 母さんに頼まれて様子を見に行くと、ナツは虚ろな目をして座り込んでいた。声を掛けるとナツは立ち上がろうとしたけれど、すぐに倒れかけた。とっさに抱き止めたから、テーブルに頭をぶつけたりはしなかったが、俺はあまりにナツの身体が軽かったことに驚いた。
 それからのことは、あんまり覚えていない。
 とにかく必死で、母さんに連絡して、俺のシャツを掴んだまま離さないナツに付き添っていた。
「……ナツ」
 病院に運ばれて、ナツはずっと眠っている。
 ストレスからくる睡眠不足と栄養不足が原因だと、医者は言っていた。その時に知らされたナツの現在の体重は小学生並で、もっと注意をしておくべきだったと後悔した。変わっていく環境に気圧されて、彼女に近づくのを少しでも躊躇った自分に腹が立つ。
 病室には今、ナツと俺しかいない。
 母さんやナツの親父さんたちは別室で話し合いをしている。高校受験も控えている時期だから、せめて卒業までは今の家で暮らすはずだった。おじさんは春に大きな病気をして、まだ完全に良くなってないから一緒には生活出来ないけれど、うちの親が様子を見れば良いってことになったのだ。
 だけど現実はうまくいかず、ナツは食事もあまり食べようとしなかったし、遂にはこんなことになった。もう、このままではいけない。
 そんなことは分かっている。
 しかし、ナツが隣の家からいなくなるなんて嫌だった。自分勝手は承知だ。だけど、もう二度とこんなことが起こらないように、ずっとナツのそばにいたい。
 すぐに無理をして、いつも強がって、人前では絶対に泣かない。そんなナツを守りたかった。
 そっと、痩せ細った手に触れる。
 自分から離れてしまわないように強く握りしめたかったけれど、そんなことをしたら折れてしまいそうで怖かった。繋ぎ止めたくて仕方がないのに、それが出来ない。
 だから代わりに、小さな手を自分のそれで優しく包み込んだ。すると、ナツの手が僅かに動いた。
「…カ…イ…?」
 閉じていた瞼が開かれる。
「大丈夫か? 気分は?」
「…へーき」
 ゆっくりと俺に焦点をあわせてから、小さな声でナツは答えた。弱々しい声だったけれど、無事であることにとりあえず安堵する。
「今おじさん呼んでくるから」
「お父さん、いるの?」
「うん。ちょっと待ってろ」
 手を離して立ち上がろうとしたら、ナツは俺の手を掴んでそれを止める。
「…私…、どうなるの…?」
 倒れた方も、今のままでは駄目だということは分かっているんだろう。俺だって、ちゃんと分かってる。ナツはおじさんと暮らした方が良い。
 だけど、
「私、今の家にいたい」
 うん、俺もそうして欲しい。
 これからはちゃんと守るから。
「…カイと一緒が良い。カイまで欠けるなんてやだ」
 ナツにとって、俺は唯一残った家族なんだ。でも本当の家族ではないし、互いに対する感情は俺とナツでは違っている。
 俺は、ナツを説得するべきなんだろう。
 だけどそれをしたくなかった。
 ナツの味方をするとかじゃなくて、単なる自分勝手。大事な存在を、手元に置いておきたいんだ。
「俺はずっと一緒にいるから」
 守るから。
 だからおまえも俺から離れるな。
 そう言いたかったけれど、それは言ってはいけない言葉だとは理解していた。感情で言葉を発したところで、子供に責任を果たす力はないんだ。
 けれども心の中では、自分たちの日常が奪われないことをひたすらに祈っていた。

作品名:KNIGHTS~短編集~ 作家名:SARA