KNIGHTS~短編集~
携帯は不要さ、野口君
別にたいした理由なんてなかった。
センバツの為に朝早くに起きたけれど、今日からは1日2試合なんだということに気が付き、時間が余った。そこで幼馴染に昨日の試合までのノートを渡しに行くことにした。ついでにこの間読んだ漫画の続きも読もう。
そう思ってお隣に行けば、アイツは野球部の練習で留守だった。おばさんもこれから出掛けるところらしく、おつかいを頼まれた。カイがお弁当を忘れたらしい。
おばさんの頼みだし、お弁当はお昼に届ければいいからそれまではここで好きにしていいと言われたので、私はもちろん了承した。ちなみに、カイやおばさんが私の家の合鍵を持っているのと同じように、私もこの家の合鍵を持っている。変かもしれないけれど、私たちはこれが当たり前。
お言葉に甘えて、カイの部屋で漫画の続きを読んでから、お弁当を持って一旦家に戻る。少し慣れてきた化粧を施し、トートバッグに携帯と財布とお弁当を入れて、家を出た。のんびり歩いたって充分に間に合うだろう。
お散歩気分を味わいながら、途中でコンビニに寄って、レモンウォーターを3本買った。私とカイと、それからもう1人、カイと同じく春休みから練習に参加している同中の元クラスメイトの分。
たらたらと歩いていると、野球部が練習に使っているグラウンドに着いた。どうやら、お昼休みに入ったところらしい。フェンスに沿って歩きながらカイの姿を探すと、ベンチのあたりに見覚えのある姿を見つける。
「野口!」
側まで駆け寄って、フェンス越しに声を掛ける。するとヤツは目を見開き、こちらに近付いてきた。
「おまえ、何で…」
「どっかの捕手兼外野手がお弁当を忘れたから届けに来たのですよ野口君。はやく取りに来なさい」
そう言い切ったとき、カイの後ろからひょっこりと馴染みのある人物が現れた。
「浅井さんがお弁当届けてくれたんだ。良かったじゃん野口」
「会うのは久しぶりだね、飯島君」
「メールしてるけど、直接は会ってなかったもんね」
「は? んだよ、それ」
ちょっと野口! 私と飯島君の会話に入ってくるな!
だいたいなんでアンタが不機嫌になるのよ。人の癒しタイムを邪魔してるクセに。
「アンタこそ何よ、早く取りに来なさい。あ、飯島君にも差し入れあるよ」
「マジで? ありがとー」
そう笑んで、飯島君はカイとふたりでグラウンドの出入口へと向かって行った。
あぁ、カイも飯島君みたいに穏やかだったら良いのにな。でもそれはちょっと気持ち悪いか。やっぱり飯島君だから癒されるんだよ。
そんなちょっと失礼なことを考えていると、ふたりが近くまで来ていた。私はトートバッグからお弁当とコンビニの袋を取り出し、ふたりに小走りで近付く。
「はい、これ」
「おう、助かったよ。サンキュ」
お弁当とレモンウォーターを1本カイに渡すと、もう1本袋から取り出して、飯島君に差し出す。
「はい、練習お疲れ様」
「わーい、ありがとう」
いえいえ、あなたのスマイルで私もチャージさせてもらっていますから。
「ちょ、俺と態度違うくない?」
「カイと一緒にしたら飯島君に失礼でしょ」
「や、まず俺に失礼だろ」
カイはぶつぶつと文句を言っていたけれど、無視して木陰に移動する。お弁当を広げる彼らを見ながら、自分のレモンウォーターのボトルを開けて口をつけた。
「ナツ、昼は?」
「帰ってから食べる」
「……本当だろうな?」
お弁当を食べながら、疑いの目を向けてくる。先日、3キロ体重を落としてから更に口うるさくなったんじゃないだろうか。
「ちゃんと食べるよ。飯島君に誓って」
「…おまえはなんでそんな飯島に懐いてるんだよ」
「だって飯島君はカイと違って紳士だもん」
カイが小姑なら、飯島君はお兄ちゃんだ。そう、カイはシスコンな兄のごとく私に構ってくるけれど、本来お兄ちゃんっていうのは飯島君みたいな人のことを言う筈だ。
「こんなノーコンのどこが紳士だ」
わ、なんて失礼なことを!
「中学はライトだったんだから仕方ないじゃない」
「まぁノーコンだからライトやってたんだけどね」
あはは、と爽やかに笑いながらお弁当を食べる飯島君。
「フォームさえ安定したら制球力つくよ!」
「ありがとう、頑張るよ」
やっぱり飯島君といたら和むな。
レモンウォーターを飲みながら、お弁当を食べているふたりを見る。結構な量があるはずなのに、中身は順調に減っていく。
あ、なんか見てたらお腹減ってきたかも。
「私、そろそろ帰るね」
帰りはスーパーに寄ってお弁当でも買おう。あとはパンとか食料をいろいろ。
そう決めて立ち上がると、カイに待ったをかけられた。
「メアドと番号教えろ」
「は?」
いきなりなんですか、野口君。
訳が分からず呆けていたら、横から飯島君が助け船を出してくれた。
「俺が浅井さんとメールしてるって知って拗ねてるんだよ。自分がメアド知らなかったもんだから」
言われて気が付いた。私もカイも携帯は持っているはずなのに、お互いの番号もメアドも知らなかった。だって、わざわざ携帯電話を使う必要なんてないから。用があれば、いつだって会えるし一緒にいられる。
「良いけどさ、あんまり使うことなくない?」
携帯を取り出し、赤外線通信の準備をしながら答える。
「え?」
「は?」
お弁当を食べていた飯島君と、私と同じように赤外線の準備をしていたカイが同時に言う。どうやら『あんまり使うことない』という発言が引っ掛かったらしい。だけど飯島君はすぐに私の発言の意味を察したらしく、またにこやかに微笑んで食事を再開した。
カイは未だになにを勘違いしているのか不機嫌そうだけど、あえて無視して赤外線通信をすませる。そして仕方ないから、さっきの発言をちゃんと分かりやすく改める。
「ずっと一緒にいる人とメールする意味ってない気がするんだけど」
普通に喋れば良いじゃん。
そう言って、私はその場を離れた。
少ししてから飯島君からメールがきて、カイの機嫌が直ったことを教えてもらった。
作品名:KNIGHTS~短編集~ 作家名:SARA