KNIGHTS~短編集~
焦ることはないよ、野口君
「なっちゃん、綺麗になったわよねぇ。彼氏でも出来たのかしら?」
珍しく部活が休みで、今日はセンバツでも観ようかと考えながら朝飯を食ってると、母さんがいきなりそんなことを言い出した。
「はぁ?」
毎日会ってるくせに、今更なにをそんなにしみじみと。
「いやぁね、このところ、なっちゃんお化粧して毎日どこかに出掛けてるのよ。髪も染めてるし」
春休みだってのに野球ばっかりしてると、別のコになっちゃんとられるわよ。
そう言って、母さんは部屋から出ていった。
「……は?」
とられる?
ナツを?
誰に?
「…ありえないだろ」
きっと母さんの勘違いだ。そうに違いない。
だけど、最近忙しくてナツには会っていない。毎晩ナツは夕飯を食べにきているが、どうしてもすれ違ってしまうのだ。
だから俺はナツが髪を染めたことも、化粧をし始めたことも、毎日出掛けていることも知らなかった。知らないうちに変化する幼馴染に、焦る自分がいる。
いろいろなことがあったけれど、自分たちは変わらないと思っていた。なのに、これはあまりに唐突だ。
俺は急いで残りの朝飯を片付けて、お隣へと向かうことにした。アイツはしょっちゅう居留守を使うから、合鍵も忘れずに。
センバツなんてもうどうだっていい。そんな球児にあるまじきことを考えながら、インターフォンを押す。しかし返事はなく、まさか今日も出掛けているのかと思いつつ、持っていた合鍵を使って玄関を開ける。
そしてリビングへと向かいドアを開けると、そこには明るめの茶色い髪をした幼馴染がいた。うわっ来やがった、みたいな顔をしているのがムカつく。
「おい、起きてんなら無視してんじゃねーよ」
あーもうマジでムカつく。
髪が変わっただけで他はいつも通りだし。春休みの朝っぱらからセンバツ観て、俺のために配球を記録して。んでもってまともに食ってない。
人の気も知らないでコイツは……。
なんかもう一気に力が抜けた。
だけど、体重を3キロも減らしたことは無視できない。また倒れられたらたまらない。あんな思いはもう御免だ。
とりあえず、今日は三食きっちり監視してやろう。そう決めて、俺はセンバツが中継されているテレビの電源を切った。
作品名:KNIGHTS~短編集~ 作家名:SARA