KNIGHTS~短編集~
過保護ですよ、野口君
「…やっちゃった」
久々になんとなく体重計に乗ってみれば、なんと3キロ減っていた。普通なら喜ぶべきところなんだろうけど、私の場合は訳が違う。栄養不足で倒れた前科があるのだから。まぁ、倒れたのは他にも色々と理由があったんだけど、とにかくこれはマズイ。
あの過保護な幼馴染に知られたらどうなることか。
なんでこんなことになったのだろうか。一人暮らしだし、朝ごはんを食べる習慣がないとはいえ、夕食はお隣でご馳走になっているし、昼はバランスはともかく満足のいく量を食べていた筈だ。ちょっと前までは入学前の買い物で忙しかったけれど、ここ数日はずっと家にいた。
一体、何がいけなかったのだろうか。
考えても心当たりがなく悩んでいると、携帯電話のアラームが鳴った。
「あ、ヤバッ」
慌ててテレビの電源を入れて、録画機能がきちんと働いているかを確認する。そしてノートと筆記用具を準備して、テレビ画面を見た。
テレビに映っているのは、高校球児たち。つい数日前、センバツが開幕したのだ。それに合わせて、私の生活は野球中継を中心にまわっている。
「…あ」
体重の減った原因はこれか。
ここ数日、スコアをとったり気に入った場面を録画したDVDで繰り返し観たりして、お隣で食べる夕食以外は適当になっていた。や、もとからたいしたものは食べていなかったのだが、いま思えば自分はそれ以上にひどい食生活を送っていた。
お腹が空いたら適当にお菓子を少しつまんだり飴を舐めたりする程度で、まともなのは夕食のみ。…そりゃ体重も減るだろう。
「カイにバレたらヤバいな…」
3キロって外見で分かるよね?
でもここんとこ、カイも忙しいみたいだから会わないかも。だって毎日夕飯食べに行ってるのに会わないくらいなんだから。あの野球馬鹿は今日も遅くまで野球してるはず。
だからきっと大丈夫。そう自己完結して、再びテレビに集中しようとしたらインターフォンの音が鳴り響いた。わ、すごい嫌な予感がする。
ここは無視するしかない。
インターフォンなんて聞こえてません、と自分言い聞かせていると、玄関のドアの開く音がした。…そうだ、アイツは合鍵持ってたんだ。
嗚呼、小姑が近付いてくる。
どうやら第一試合は諦めないといけないようだ。
「おい、起きてんなら無視してんじゃねーよ」
リビングのドアが開いたかと思えば、そこには不機嫌な幼馴染様がいらっしゃった。あー、絶対にバレた。だっていつもは無視してもこんな不機嫌にならないもん。
「…朝からなんのご用で? てか部活は?」
「最近顔見てないから様子みにきた。部活は今日休み」
「あそ」
入学すらしてないのに毎日野球してたもんね。そりゃ、そろそろ休みも入るわ。
「……ナツさぁ、痩せた?」
うわ、いきなりきた!
「別に、気のせいじゃない?」
テレビに顔を向けたまま答えると、カイはずかずかと近寄ってきて、あろうことか私の頭を掴んで無理矢理自分の方に向けた。痛いよ! 首がなんかおかしいことになってる!
「何キロ減った?」
「…さぁ?」
あ、なんか眉間にシワが…。てゆうか手に力入れないで! 頭痛い!
「いまから俺の目の前で体重計乗るか正直に吐くかどっちがいい?」
「……3キロ」
観念してぽつりと呟けば、頭から手は話されたけど、それはもう恐ろしい形相をしていらした。
「おまえ、また倒れたいのか!?」
「や、だって……センバツ始まったからつい…」
テーブルに積んであったノート数冊を差し出すと、カイはそれを受け取ってパラパラとページをめくる。そして盛大に溜息を吐かれた。
「気持ちは嬉しいけどさ、無理はするなよ」
「…してないよ。いつの間にか時間が経ってるだけ」
同じ年代の、それも全国区の選手はプロとはまた一味違う参考になると思った。
捕手としてレギュラーになれないでいた幼馴染の力になりたくて、スコアだけでなく打者別のリードも記録していた。プロもオープン戦が始まったから、好きなバッテリーの試合は同じように記録している。
手間はかかるけれど、それでカイが捕手として成長するなら構わない。みんながカイを認めてくれるなら。体が細くても、技術が、策略がちゃんとあることを知ってほしい。
「とにかく、ちゃんと食べろ。ナツが倒れたらなんにもならない」
「……うん」
頷けば、自分のものより大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられる。
「でも、ありがとうな。高校では絶対に正捕手になるから」
うん。
少し会わなかった間に、カイはちょっと体つきが良くなったよね。毎日頑張っているんだ、ってすぐに分かる。
「とにかく、今日はメシ食って休め。スコアは俺がとっとくから」
ほら、と手を引かれ立ち上がると、テレビの電源を消された。そしてそのまま連行される。この家にまともな食料などないと分かっているのだろう、カイはまっすぐ玄関へと向かっている。
「とりあえず朝飯だな。どうせまだなんだろ?」
や…、いつも食べてないです。
でもそんなことを言える状況ではないので、頷いておく。どうやら今日は夜までお隣でお世話になりそうだ。というか、ちゃんと食べているところを確認しない限りカイが許してくれそうにない。
だけど、しくったな、と思いながらも久々にカイと一緒にいられるということが、どこか嬉しいと思う自分がいた。
作品名:KNIGHTS~短編集~ 作家名:SARA