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時の部屋

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 彼女が暮らすのは四年前の世界であるはずだ。ならば彼女がドアを開けたその先も四年前であってしかるべきである。左に視線を移す。三〇一号室に入る直前に立て掛けた傘は、今もそこにあった。つまり今私がいるここは、現在の世界であるということだ。
 彼女はちゃんと、自分のいるべき世界に帰ることができたのだろうか。
 その確認も含めて明日、ちゃんと話をしよう、と私は思った。
 きっと、全部うまくいくはずだ。



 目が覚めた。
 窓際の時計を見る。どうやらいつもどおりの時間に起きられたらしい。空は曇っていたが、雨は降っていないようだった。
「んうぅぅぅ」
 うめきながら体を起こす。鼻から大きく息を吸い込み、口から吐いた。友人から教えてもらった、ここ一週間ほど続けている呼吸法だ。目覚めをよくする方法らしいが、今のところ効果はない。
 ベッドから降りて洗面所に向かおうとしたとき、唐突に昨日のことを思い出した。
 ――四年前の私。
 ――驚いた顔。
 ――窓から見た景色。
 ――「私変わったなーって」……
 鮮明に蘇る記憶もどこか嘘くさい。全て夢だったのではないかとさえ思えた。洗面所にたどりつく。蛇口をひねって水を出し、両手に溜めてから顔にぶつけた。
 顔を上げると、鏡の向こうでぽたぽたと水をしたたらせる間抜け面と目があった。我ながら、四年前とは似ても似つかない。
 私はしばらくそうしていたが、ふいに鍵のしまい場所を思い出した。確か昨日使ったハンドバッグの一番小さいポケットに入れたはずだ。顔をタオルで急いで拭き、自室にいってハンドバッグを手に取った。中を覗き込むと、銀色に光るものが目に入った。
「――――、ある」
 取り出して眺める。確かに三〇一号室の鍵だ。シールも貼ってある。
「夢じゃなかったんだ……」
 そして、昨日密かに固めた決意を思い出した。
「今日、」
 少しだけ、鼓動が大きくなる。
「大事なこと、話すんだっけ」

 ◇

 大学の最寄駅に向かう快速電車に揺られながら、車窓の向こう、過ぎてゆく街並みを見ていた。
 ぼんやりと景色を見つめながら昨日のことを思い出す。四年前の私。まだ明るかったころの、私。意識が、ひとりでに思い出を辿る。
作品名:時の部屋 作家名:諫城一