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時の部屋

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 昔から演劇が好きだった。最初に魅せられたのは小学四年生のとき。私の誕生日に両親に連れられて、有名劇団のミュージカルを観に行ったのだった。
 憧れた。舞台の上は客席から近く、それでいて完全に隔絶された別の世界だった。暗闇を踊る光、滑らかに力強く躍動する役者の動き、身震いするような、魂のこもった声。全てが私の心の琴線をはじき続けて止まなかった。
 始めて舞台で役を演じたのもそのころだ。その年の学芸会で、私は主役に真っ先に立候補した。選ばれてからは誰よりも練習した。誰よりも大きな声で、誰よりもメリハリのある動きで、誰よりも感情を込めて。そうして舞台に上がり、演じ切った後は誰よりもたくさん褒められた。次の年も、その次の年もそうだった。それがただ嬉しかった。
 中学に進学してからは演劇部に入り、本格的に演劇の練習を始めた。やはり私は、誰よりもたくさん練習をこなして主役の座を射止め続けた。大会にも何度か出たし、文化祭でも大きな拍手を浴びた。純粋に楽しかったし、嬉しかったのだ。
 高校に進んでもそうだった。私は期待の新人として、春の地区大会でもセリフの多い役を貰った。練習量と情熱ではだれにも負けない自信があったし、恐らく実際にそうだった。だがこの世には、才能という高い壁もまた存在する。私が二年生に上がり、入部してきたある一年生が強豪中学の出身だということは知っていた。彼女の演技は確かにうまく、実力では私と拮抗して――いや、わずかに彼女の方が声量表現力身体能力共に勝っていた。だが他の部員たちや演劇未経験の顧問にはその違いがわからなかったらしかった。
 そしてあの日、入部して日が浅いという理由で主役を私に奪われた彼女は――
『久利平――久利平――に――到着――です。稲生線をご利用の方は――お乗り換え――です』
 車掌のアナウンスで意識が現実に戻った。
 席を立って、ホームに降り立った。同じ大学の学生と思しき生徒が次々と電車から降りてくる。生ぬるい空気が肌にまとわりつく。湿気のある、嫌な天気だった。
 大学構内に入ってしばらく歩くと、後ろから駆けてくる足音が聞こえた。あぁきっと遅刻しそうなんだな一限にはもう間に合わないよ御愁傷様と思う間もなく、背後から背中をどつかれた。
「あすかー! おはようございま!」
作品名:時の部屋 作家名:諫城一