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時の部屋

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 それに目をやる。たった一行の短い文章だった。最初は走り書きかと思ったが、見るとその字は恐らく黒のボールペンで、丁寧に書かれていた。

 『ありがとう、ごめんなさい』

 見憶えのある筆跡だった。当たり前だ。これはきっと私が――四年前の私が。
 泣いてはいけないと思った。これ以上彼女のことで、涙を流すべきでないと思った。そんな心の隙間をすり抜けるようにして、小粒の涙が一筋、つぅと頬を伝った。
 この一粒。
 この一粒の涙で、終わりにしよう。
 間に合うだろうか。
 今からでも。
 ねぇ、
 明智明日香?


4.



 新座鷹宮大学演劇部といえば、演劇業界でもちょっとした有名団体なのだった。
 正直門戸を叩くのは相当な勇気が要ったが、予想に反して部員たちは暖かく迎えてくれた。演劇の経験があること、それを辞めた経緯などを話そうとも思ったが、やめた。再出発ではなく出発なのだ。過去に囚われている暇などない。
 新鷹演劇部は大学の小ホールや街の小さな劇場などで、種類も様々な演劇を数多く公演している。中学高校とは段違いの場数だ。長編演劇ではさすがにいきなり大役に抜擢されることはなかったが、それでもオーディションの末にセリフのある役を獲得することはできた。ラジオ体操に、ストレッチ、八キロのランニング、それに全身の筋トレは毎朝欠かしていない。がむしゃらに頑張っていたあの頃の感覚は、意外なほど早く体に戻ってきた。
 ハンドボール部のマネージャーは、相当迷ったが辞めさせてもらった。少しでも多くの時間を演劇に割きたかったのだ。事情を話すと、瑠衣も快くそれを受け入れ、応援してくれた。彼女とはたとえ部のつながりがなくとも、本当の友達になれるように思う。たとえどれだけ時が過ぎても。
 私が将来何になりたいのか、今の生活が目指すところはどこなのか、正直まだわからないことは多い。それでも、私はこの手探りの状態が不思議と心地よかった。何をしてもいい。どの道を選んでもいい。どこに行こうが何をしようが、私は私なのだと、そう思えるようにもなった。
 髪を伸ばし始めた。よく笑うようになった。よく喋るようになった。好きな香りの香水をつけるようになった。喜怒哀楽をストレートに表情に出すようになった。曖昧な笑みでごまかすことをやめた。私は、隠れるのをやめた。
作品名:時の部屋 作家名:諫城一