時の部屋
管理人さんは「高いんだよなぁ、これ」などとぶつぶつ呟きながら、その鍵を鍵穴に差し込んだ。鍵穴は抵抗なく鍵を受け入れる。そしてそのまま鍵を少し右に傾けただけで、がちゃんと錠前から音がした。
管理人さんは鍵を引き抜き、
「ほれ開いたぞ。おじさん外で待ってるから、忘れものとってこい」
開いた。
再び、この部屋が。
「ありがとうございます!」
私は管理人さんにせいいっぱい心を込めて礼をして、急いで扉を開けた。確認する。玄関に靴は――なかった。前を見る。リビングにも人は、いない。
アケミは、いない。
私は全身から力が抜けていくのを感じた。
「アケミ……」
靴を脱ぐ。部屋に上がる。
部屋の様子に、私はどこか違和感を覚えた。
周囲を見回して、すぐにその違和感の正体に気づく。部屋があまりにも、古いのだ。間取りや窓の位置などから、ここが間違いなく三〇一号室であることはわかる。だが白いはずの壁は黄ばんでいて、窓枠には灰色の埃が分厚くたまっていた。足元のフローリングにも相当埃がたまっている。怖くて足の裏を見ることができない。
窓の外の空は、すっかり夜の色に沈みこんでいた。薄く延べたような白い雲が、波のような模様を夜空の高いところに描いている。
アケミと初めて会った日を、あのとき窓から見た景色を思い出す。
――『雨、止んだんだ』
瞬間、
電撃のように、今の状況に対するある回答が、一瞬にして私の脳裏にひらめいた。
あの日は、二日続きの長い雨が降っている最中だった。やむ気配のない霧雨をうっとうしく思った覚えがある。にもかかわらず、この部屋から見た窓の外の景色は晴れていた。
それが、この荒れた部屋と相まって何を意味するか。
この部屋は、いや、アケミと過ごした"三〇一号室"は、アケミが暮らす時代である四年前のものだったのだ。
同時にむなしさが去来する。そんなことがわかったからと言って何になるというのか。むしろそれは、私たちの絆が決定的に失われてしまったことを示していた。
魔法は解けたのだ。
いい加減部屋を出よう。管理人さんを待たせているのを忘れていた。
そうして窓に背を向けた私の視界の隅に、何かが映った。
少し黄ばんでしまった白い壁。私から見た左側のそれ。ちょうど目の高さのところに。
何かが書いてあった。