時の部屋
何かが許せなかった。私の得られなかった幸せを得ている彼女が許せなかったのか、そんな彼女を責める私のさもしい心が許せなかったのか、わからなかった。
『のたれ死んでもかまわない』、と彼女は言った。迷いのない目で、私をまっすぐに見つめて。
私を守っていた堅牢で頑なな何かが、私ごと撃ち抜かれたような衝撃。むき出しの、醜い姿を見透かされたような感覚。
夢を見る時は終わったのだ。大言壮語を吐いてもてはやされるのは小学生までだ。私は間違っていない。私は、このままハンドボール部のマネージャーを続ける。続けながら勉強をして、時々瑠衣と遊びに行ったり、ゼミの飲み会に参加したりして、一人くらいは彼氏も作って、就職活動をしてどこか適当な企業に入って、そのうち誰かと――
いつまでも、そうしていればよかったのだ。何も築かず、何にも気づかず、脇目もふらず、へらへら笑って生きていけば幸せになれたのだ。
でも、私には無理だった。最初からわかっていた。私は初めて演劇を観たあの時から、そういう呪いにかかっていたのだ。
胸が燃えるように痛んだ。
アケミを想う。
アケミのこれからを想う。
私に、
私に許せないものがあるとすれば、それは。
◇
翌日。
彼女に謝ろうとして、私は三〇一号室の前に立った。時刻は夕方六時前。つばを飲み込む。心臓の鼓動が高鳴る。
アケミは私を見て、私の釈明を聞いてどう思うだろうか。案外なんとも思ってないかも知れないし、もしかしたらショックでこの部屋に来ていないかもしれない。
どちらにしろ、私は彼女に謝るつもりだった。もし今日来ないのなら、来るまで毎日粘るだけだ。
鍵を取り出す。"301"と書かれたシールを確認する。鍵を持つ指がわずかに震えた。なんとか鍵穴にそれを差し込もうとした瞬間、私の背筋は凍り付いた。
入らない。
鍵が、鍵穴に入りもしないのだ。鍵が合わないという次元ですらない。注視すると、手もとの鍵が正面から見ると“く”の字形をしているのに対し、鍵穴は凹凸のない、縦に細長い楕円形をしている。
錠前が、取り換えられていた。