時の部屋
「玉手箱のことはわかったけど、乙姫はどういう気持ちで渡したのかしら。何かあった時のために、って子供にお金持たせるお母さんみたいな感じ?」
微妙によくわからないたとえだった。
何百年にも及ぶ膨大な時の招来を、乙姫は玉手箱に封じて浦島に託した。わざわざそんなことをしなくても、海から上がった瞬間におじいさんにしてしまえばよかったはずである。つまり竜宮城で過ごした時の隔たりは、全て浦島太郎の意思に任されたことになる。乙姫にとっては、それは言うなれば――
「――慈悲、じゃない?」
「じひ?」
私はうなずいた。
「乙姫は浦島太郎が陸に帰っても寂しくないように、玉手箱を持たせたんでしょ。誰もいない地上に一人で帰っていく、かわいそうな浦島太郎を憐れんだわけよ」
アケミは私の言葉に聞き入り、そして深くため息をついた。
「なるほど……。やっぱすごいなぁアスカ」
「それほどでもないって」
「十分すごいよ。……やっぱり私女優向いてないのかなぁ」
アケミは呟くように言った。
「女優?」
「うん。女優って言うか役者? ほら、やっぱりさ、せっかくだから将来はそういうの仕事にしたいじゃん」
そう言ってアケミは、はにかむように笑った。
胸が、痛んだ。
深い深い心のどこかで、知らない私が悲鳴を上げた。
「そっか。……アケミ、将来役者になりたいんだ」
「うん。できればね」
私と――
「アスカのおかげで気づけたの。私やっぱり演劇が好き」
私と彼女と、何が違うのだろうか。
「ほんとはね、坂井ちゃんのことでちょっと悩んでたの。彼女に比べたら私なんて……って」
どこで間違ったというのか。
「でもそんなの関係ないんだよね。私はやりたいことやる。主役だって任されたんなら頑張る。みんなの期待裏切っちゃ駄目だもんね」
アケミは少し照れた笑みを浮かべた。
口が動く。
動いてしまう。
「でもさ、役者ってほとんど儲からないらしいよ? 役者志望の人なんてそれこそ掃いて捨てるほどいるし、有名になれるのなんてほんの一握り以下なのよ」
「別にいいわよ、それでも」
アケミは迷いなく言い放った。
「演劇で暮らしていきたいもの。のたれ死んだってかまわない」
窓の外から真っ赤な光が差し込んで、アケミの顔に濃い陰影を作っている。