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時の部屋

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 アケミの言葉を思い出す。
 ――なんであれ開けたらおじいさんになっちゃうわけ? 乙姫様の嫌がらせ? なんか童話って腑に落ちないところ多くない?
 確かに、今読んでみても少々理不尽だった。
 何の気なしにページをめくると、まだ話が続いていたので私は驚いた。てっきり話はここで終わりで、次は発行年月日なんかが書いてあるページだと思っていたのだ。
 そのページには、こう文があった。
 『それから おじいさんになった うらしまたろうは りゅうぐうじょうのゆめをみながら しあわせにくらしましたとさ めでたし めでたし』
 そこには白髪でシワだらけになった浦島太郎が、小屋の中で幸せそうな顔で眠っている姿が描かれていた。本当に幸せそうな寝顔だった。
 ふと理解する。
 玉手箱に封じられていた長い年月。これは間違いなく、宝物たるものだったのだ。もちろん乙姫も嫌がらせのつもりでこれを渡したわけではないだろう。
 浦島太郎は竜宮城で時を忘れて遊び、そして陸に上がった時、地上では何百年も歳月が過ぎていた。彼が暮らしていた土地は荒れ果て、家族もない。そんな荒涼とした世界にひとり立ち尽くす彼は、彼の孤独は、計り知れないものがあっただろう。
 当然、彼は救いを求める。竜宮の、美しく楽しかった竜宮城の、唯一の土産である玉手箱を開けてしまう。そして、そこで過ごした何百年もの時が、彼に招来するのだ。
 出来事は時によって美化され、思い出となる。嫌なこと、嫌な気持ち、忘却によってそれらの毒が抜けて甘美な記憶へと変わる。遠く隔たるほど、美しく、その輝きを増していく。時は毒であり薬である。昔の人はわかっていたのだ。
 浦島太郎は、美しく楽しい最上の思い出に浸りながら、短い余生を悔いなく過ごしたことだろう。

 ◇

 浦島太郎の話をすると、アケミは再び私を尊敬の目つきで見つめた。
「すごい。アスカすごい。正直ちょっとよくわかんないけど、でもすごい。なんか鳥肌立っちゃった!」
 そう言って、アケミはおおげさに自分の両腕をこすってみせた。当然ながら鳥肌など立っていない。
「まぁそういうわけだからさ。浦島に玉手箱渡すシーンは、そこらへん意識してやってみるといいんじゃないかしら」
 私が言うと、アケミはうーんとうなった。
作品名:時の部屋 作家名:諫城一