時の部屋
でしょ、とアケミは無い胸を張った。進歩のない私の胸を見て、初めて私に会った時はさぞ落胆したに違いない。そんなことを考えると少し悲しくなった。
「……なんだか私、ずっと前からこうしてたみたいな気がするの」
唐突にアケミは言った。思わず「え?」と訊き返してしまう。
「何年も前から、こうして何もない部屋に入って、アスカと話してたような気がする。なんだかすごく居心地よくて、自然な感じするもん」
よく臆面もなくこんなセリフを言えるものだ。私はなんだかくすぐったくなった。だが確かに、彼女と居る時は私もそれに似た感覚を覚えているのであった。
「うん、私もそんな気がする」
アケミはうつむいて、
「私たち、いつまでこうしていられるかな」
その言葉は意外なほど深く、私の心に届いた。子供の遊び場に夕闇が迫るように否応なく訪れる終わりの瞬間を、彼女はまっすぐに見つめていた。それはとても勇気のいることのように思えた。
アケミはそれきり、黙ってしまった。
「そうよね。いつまでも、空き部屋なわけないもんね」
私は言った。
それしか、言えなかった。
◇
購読している雑誌を買いに立ち寄った書店で、ふと浦島太郎の絵本が目に留まった。日本名作童話シリーズと銘打たれたそれは手のひらほどの大きさで、幼児でも開いて読めるように工夫がなされているようだった。値段は六百円。
私は立ち止まって少し考えた。
帰宅して手を洗ってから私はすぐ、買ってきた本を取り出して机の上に置いた。
『日本名作童話シリーズ 〜浦島太郎〜』
買ってしまった。
ページをめくる。むかしむかしあるところに、とお決まりのフレーズで始まり、浦島太郎の紹介が十文字で終わり、カメがいじめられている場面に移る。
当然ながらストーリーは知っていたので、私はむしろ絵の方を楽しんでいた。こういうたぐいの絵本は、気鋭のイラストレーターが絵を担当している場合もけっこうある。誰もがよく知る童話の一場面でも、時折目を見張るような表現があったりしてなかなか楽しめるのだ。この本もそうだった。ラストシーン、玉手箱を開けた浦島太郎がおじいさんになる場面がやけにリアルに描写されている。
『うらしまたろうは たちまち しらがの おじいさん。たまてばこには りゅうぐうじょうですごした ながいながい じかんが はいっていたのでした。』