時の部屋
――私を陥れた坂井のせいか。立ち直れなかった私のせいか。目立ちすぎた私のせいか。実力をわきまえず主役を断らなかった私のせいか。わからなかった。ただただ残酷な何かに打ちのめされて、起き上がれないままここまで流されてきた。あるいは、起き上がろうともしないまま。
「それでどうすればいいかって思って……、ねぇ、アスカ? ちょっとアスカ! 聞いてる?」
アケミの声ではっとした。心配そうに目を細める顔がはっきりと、目の前で像を結ぶ。曖昧模糊としていた現実が鮮明になった。
「……ん、だいじょうぶ」
「なんか顔色悪いよ?」
アケミが手を伸ばしてきた。私はそれを右手で払い、
「大丈夫よ。それより、なに?」
アケミは一瞬だけ、母親に叱られた子供のような顔をした。しかしすぐに表情を戻して、私に言う。
「乙姫が浦島太郎に玉手箱を渡すシーン。どうしてもうまく感情が出せないのよ。ていうかあそこに感情表現とかいるの?」
一瞬何の話かと思ったが、すぐに演劇部のことだとわかった。四年前、私たちが地区大会で演じることになった演目が、童話「浦島太郎」を改変した「新釈・浦島太郎」だったのだ。確か、浦島太郎が去った後の竜宮城で海の生き物たちの反乱が起こる、というエキセントリックな脚本だった気がする。浦島太郎が完全に脇役と化しているのが見どころである。
主役、つまりアケミが演じるのは乙姫であった。私はこのころにはもう演劇部を追い出されていたから細かい演技についてはよくわからないが、台本は読んだので大体は覚えている。
「玉手箱、ねぇ……」
私が考えていると、アケミはまた喋りはじめた。
「そもそもさ、なんであれ開けたらおじいさんになっちゃうわけ? 乙姫様の嫌がらせ? なんか童話って腑に落ちないところ多くない?」
言われてみればそんな気もする。
「そういえばなんか変よね。――まぁ、ちょっと考えてみるわ。とりあえずがんばって。基礎練さぼってないでしょうね?」
ちなみに基礎練とは、体力作りや筋トレ、発声練習などの総称である。基礎的な練習だから基礎練だ。アットホームな文化部を想像して演劇部に入部した生徒は、その大方が基礎練の存在によって去っていくのが通例だった。
アケミは得意げに答えた。
「さぼるわけないでしょ。毎朝二キロも走ってんのよ」
「意外と頑張ってるじゃない」