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時の部屋

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 瑠衣が訊いてきた。眠そうな声、口調であった。彼女は気を抜くといつもこうなる。
「やってないけど、なんで?」
「いやーなんとなくよー。時々スイッチ入ったみたいに熱心になるからさー」
 瑠衣が何を言いたいかなんとなくわかった。
「あぁ、それは誰かがシュートを外したときだけよ」
「シュートぉ? なんでー?」
「いやちょっとね」
 紅白戦やシュート練習で誰かがシュートを外したとき、私は過去の甘酸っぱいともほろ苦いともアホらしいとも言えない、あの形容しがたい味わいを持った光景と感覚を思い出さざるを得なくなる。そして押し寄せてくる羞恥やら後悔やらをかき消すために、一時的にテンションを上げてそれに対応しているのだ。練習後、シュートを外した選手にはこれ以降外さないように、目を合わせて心の中で密かに願掛けをしている。試合でどうこうではなく完全に自分のためだ。他人から見ればそれが"熱心"と映るらしい。人間とは不思議な生き物である。
 瑠衣はふと目覚めたように目を見開いた。
「あ、そうだ。明日香来週の試合これる? 城内大と練習試合なんだけどさ、ここのグラウンドでやるんだ。日曜日に九時集合」
「うん、たぶんいけると思う」
 別にこれといった用事もなかった。
「じゃあお願いね。当日は私と明日香で得点係やるから」
「ボール飛んできたりしないでしょうね」
「得点板の後ろに隠れれば大丈夫よ」
 そう言って瑠衣は笑った。つられて私も笑った。
 こうして続いていけばいいと思う。
 きっと私は、このままハンドボール部のマネージャーを続ける。続けながら勉強をして、時々瑠衣と遊びに行ったり、ゼミの飲み会に参加したりして、一人くらいは彼氏も作って、就職活動をしてどこか適当な企業に入って、そのうち誰かと結婚する。それでいいのだ。
 私は間違っていない。
 私はこれでいい。
 私は今が、満ち足りている。
 夢を見る時は終わったのだ。大言壮語を吐いてもてはやされるのは小学生までだ。これから先、何十年経っても、今のように普通に笑っていられればそれでいい。それが私でいい。
「これでいいの」
 微かに、自分でも聞こえないくらいの小さな声で口に出してみた。瑠衣が「ん?」とこちらを覗きこむ。私は曖昧に笑ってごまかした。瑠衣も視線を戻してそれっきり、私を追及することはなかった。

 ◇
作品名:時の部屋 作家名:諫城一