時の部屋
「なるわけないでしょ。アケミはね、坂井の悪事を暴いただけよ。放っといたら大変なことになってたよ」
私が言うと、アケミは小さく、何度もうなずいて見せた。
「そっか、うん、そうだよね。別に私は悪いことしてないもん。これでいいのよね!」
アケミはがはは、と豪快に笑った。
一呼吸置いて、
「ほんとはね、友達にも同じこと言われたの。それで一回は吹っ切れたんだけど、坂井ちゃんのこと考えるとなんだかすごく申し訳なくって」
もう一度私に問いかけてしまった、ということらしい。気持ちは分かった。分かっただけで共感はできなかったが。それにしても、彼女は本当に私なのだろうか。私にこんな、生き生きとした時代が本当にあったのだろうか。
「あったんだろうなー……」
「何か言った?」
なんでもないです。
「まぁいいや。それよりさ、聞いてよ! 私さー、なんか今倉崎君といい感じかもしれない!」
「倉崎君?」
私が訊き返すと、アケミは首をかしげた。
「あれ? 知らない? アスカは別に好きじゃなかった感じ?」
記憶をたどる。倉崎、クラサキ、くらさき……、そのとき唐突に、ボールが顔面にぶつかる感触がよみがえってきた。
「あぁ。倉崎って、もしかして倉崎登? ハンドボール部の?」
アケミが嬉しそうにうなずく。
思い出した。忘れもしない、高校二年生に上がりたての頃だ。部活後、遅くまでグラウンドで練習にいそしむハンドボール部の脇をそそくさと下校しようとした私は、突然真横から飛来した弾丸のような速度のハンドボールに顔面を打たれたのだった。私はそのまま地面に倒れこんだ。凶弾に倒れる大統領の心境であった。
そのときの私は痛みと恥ずかしさと理不尽な出来事に対する怒りや悲しみが同時に押し寄せてきて、ただでさえ真っ赤に跡がついた顔は銀行強盗もはだしで逃げ出すような形相になっていたと後に友人は言った。
そんな私のもとに爽やかに駆け寄り、爽やかに謝り、爽やかに濡れたタオルを爽やかに私の顔に当ててくれたのがハンドボール部期待のエースという倉崎であった。彼は長身痩躯の爽やかイケメンというやつで、私はその瞬間当然のように恋に落ちた。が、どのようにしてその恋が終わったかは覚えていない。恐らく坂井にはめられて以降、潮が引くように終結を迎えたのであろう。