時の部屋
「ほら、ああいう感じでさ、過去の人間に未来のこと喋っちゃうと予定が合わなくなって時空がゆがんで――みたいな、そういう話よくあるじゃない」
確かによくある。私は少し考えた。なんだかそういう内容の小説を少し前に読んだ気がする。そこにはたしか――
「たぶんだけど、大丈夫だと思う。未来は常に変わり続けてる。私とあなただけじゃなくて、きっとその未来の可能性の数だけ私たちはいるのよ。私とは別に、あなたはあなたがたどるべき未来を目指すだけ」
というようなことが書いてあったような気がした。
アケミは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「すごい」
「え?」
熱のこもった瞳を私に向けながら、
「アスカ、すごい。超頭いい。え? あなた誰? 私? マジで?」
言うまでもなくマジである。今さら小説の受け売りとは言えなかった。
アケミはさらに私に顔を近づけた。
「ねぇ私も今から一日六時間勉強したらそんな風になれるの? 受験勉強ってほんとに頭良くなるのかな?」
「ま、まだしなくてもいいんじゃない? 私も夏休みから始めたから……」
夏休みかぁ、とアケミはつぶやいた。
少しの沈黙の後、
「都大会いったら両立できるかなぁ……」
そのとき、胸の奥の奥。アケミに会ったときも坂井のことを話したときも動かなかった、私の心の、思い出の、一番深く封じ込めたところがずきんと痛んだ、気がした。
「都大会、か」
聞こえないようにつぶやいて、痛みを外に逃がす。
まぁいいや! とアケミが上機嫌な声を上げた。
「とりあえずは部活の事考える! 今日はほんとにありがとう! 助かった!」
玄関に立って踊るようにローファーに両足を入れ、アケミは私に軽く頭を下げた。私も隣に並んで靴を履く。
「ねぇ、次はいつ会えるかな?」
訊いてきたのはアケミである。私は少し驚いた。向こうから会いたいと言ってくるとは思わなかったのだ。
「毎週火木土以外なら六時くらいから会えると思うけど……」
そこまで言って、私は気づいた。私達の間には四年のずれがある。つまりそれだけ、曜日もずれるということだ。
私は慌てて、
「待って、今日は何曜日?」
少し面食らいながらもアケミは答えた。
「今日? 月曜日、じゃないの?」