時の部屋
「アケミってさ、まだ演劇部、だよね?」
私が言うと、アケミはうん、と首肯した。笑顔は消えている。
「一年生の部員に坂井千晶って子がいるでしょ?」
アケミの表情がにわかに曇った。やはり私の思っていた通りらしい。
この時期は高校演劇の公式地区大会に向け、役を決めて本格的な練習が始まっている時期である。中学で全国大会の出場経験もある彼女――坂井千晶は当然主役を熱望したが、部員の多数決によって私に決まった。それ以来彼女は私に恨みを抱くようになり、様々な紆余曲折を経て、最終的に私は部を追い出されたのだ。わずか半月の間の出来事である。
私はその旨をアケミに伝えた。
「色々あって追い出された、って……。それじゃ全然わかんないよ。どうすればいいの?」
アケミはすがるような目つきで私を見た。やはりこのころから兆しはあったらしい。
「もうすぐ、地区大会出場のための予算がおりるの。マネージャーの手にお金が渡った日に、坂井はそれを盗んであなたのカバンにお金を入れる。それを防げばもう大丈夫……だと思う」
アケミはしばらく目を白黒させていたが、やがて大きく息を吐き、
「うわ……、そんな、坂井ちゃんがそんなことするんだ……。私けっこうショックかも……」
私だってショックだった。坂井はうわべこそ私のよきライバルを演じていたが、内心は格下に役を奪われて相当な恨みを私に抱いていたらしかったのだ。今でこそ嫌な思い出の一つとして処理できているが、当時は相当な衝撃だった。少なくとも、性格や見た目ががらっと変わるくらいには。
あれ以来私は、目立つのをやめたのだった。
アケミはうつむいたまま、呟くように言った。
「私さ、主役降りた方がいいのかな」
窓の外の空は、千切れ雲に夕焼けの燃え残りのような赤を残したまま、徐々に夜の帳を下ろそうとしていた。朝の曇り空が嘘のようだ。ゆるやかに、潮が満ちるように、世界は闇に染まりつつあった。対照的に、この部屋の中は蛍光灯の明かりでいつまでも明るい。白い壁とむきだしのフローリングが跳ね返す光に照らされたアケミの顔はしかし、わずかに青いように思えた。
気持ちはわかるのだ。