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時の部屋

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 振り返ると、そこにいたのは友人の鈴木瑠衣だった。文学部所属で、私と同じハンドボール部のマネージャーをしている。彼女はそのまま私の隣に移動し、並んで歩き始めた。ボブカットに切り揃えた明るい茶髪が揺れる。
「もう一文字くらい頑張って言いなさいよ」
「最後の一文字抜かすのが流行ってんのよ」
 絶対に嘘だと思う。
「ね、今日は外練できるかな?」
 そう言って、瑠衣が心配そうに空を見上げた。ソトレン、というのはハンドボール部が大学グラウンドで行う練習のことを指す。
「雨は降らないみたいだし、できるんじゃない?」
 私が言うと、瑠衣の笑顔が再び弾けた。
「ほんとに? やった! 体育館混んでるし暑いし最悪だったもんね! なんか外でやるの久しぶりだな―」
 瑠衣はハンドボール部を本気で応援していて、マネージャー活動にも真剣に取り組んでいる。私をマネージャーに誘ったのも彼女だ。私はやるべき仕事こそ無難にこなしてはいたが、正直練習が外でできようができまいがどうでもよかった。
「今日はドリンク多めに作んなきゃね。そうだ明日香、今日終わった後ひま?」
「あーごめん。今日私早退するわ。六時からちょっと用事があって」
 瑠衣はえー、と軽く頬を膨らませた。彼女も感情表現が上手いと思う。私が顔の前に手をやってごめん、と言うと瑠衣はにやけて、大きく鼻息を吹いた。
「まぁいいわ。今回は許してあげる。でも早退したらみんな寂しがると思うなー、明日香人気なのにー」
 まさか、と私は笑った。ハンドボール部のマネージャーは私たちを含めて四人いるが、一番人気があるのはどう考えても瑠衣だ。そもそも部活動に関して真剣に取り組んでいるのは、四人の中で瑠衣しかいないように私は思えた。
 すると瑠衣は見透かしたように私と目を合わせ、
「嘘だと思ってるでしょ?」
「ちょっとね」
 瑠衣は視線を外して前にやった。もう校舎も近い。
「でもほんとの話よ。明日香、いつもはなんかアンニュイな雰囲気醸し出してるけど、ドリンク渡してくれる時とかはなんだか目が熱っぽいって。一生懸命だなーってみんな思ってるんだって。私もそう思う。練習試合の応援とか、時々すっごく熱くなるもんね、明日香」
 思った以上に真剣に答えられたので、私は口ごもった。瑠衣はそんな私を見てまた笑った。
 時間が過ぎていく。

 ◇
作品名:時の部屋 作家名:諫城一