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ネコの音楽会

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 ふと、高低のない声でココアは聞いてきた。
「星くずも集めたし、やることがなくなったからね。あてがなければ、ふらふらと散歩することになるのかな」
 坦々と、僕はそう言った。ココアは僕に何のあてもないのは知っているだろう、最初にそんなことを言ったのだし。星くずを集め終わったからって、あてが見付かることもない。
「そうかそうか。あてがあったら、それに付いていってみるかい?」
「そうしてみることにしてみるよ」
 きっと最初から、ココアはあてを誘う気でいたのだろう。回りくどい感じに言葉を返すと、ココアはくつくつとちいさく笑った。
「これから猫たちの音楽会があるんだ。私も呼ばれているんだけどね、星くずを集めてから行こうと思っていたんだよ。良かったらキミも来ないか」
「……でもそれって、僕は呼ばれてないんだよね?」
「モチロン」
 もう一度、空を見上げる。いつもの夜の空で、明けるまでにはまだ時間はある。月は今こそ声を掛けても返事はしないけど、僕若しくは僕たちを見守っている。月に聞かなくても、あてもなくふらふら散歩するのと猫たちの音楽会に行ってみるのと、どちらが楽しいのか、それくらい僕でも分かる。
「呼ばれていない僕が行っても大丈夫なの?」
「着いてから話せば大丈夫さ」
 猫だからね、とココアは少し笑った後に付け足して言った。ココアみたいなのが沢山いる音楽会なのだろうか。ココアは気さくな感じがするけど、猫も気さくな感じがするのだろうか。
「ココアが言うなら、行ってみたいかな」
「よし、それじゃあ早速行こう」
 ココアから星くずの入った袋を一つ受け取って、手を繋いだ。手を繋いでぎゅっと握り締めると、ココアは全速力で路地裏へ駆け出した。全速力とは言え、ココアの猫のちいさな体での全速力は、僕にとっては軽く駆け出すだけで十分だった。
 そう言えば、猫は人よりも速く走れるし、全速力に見えるけど本当はこれが全速力じゃないのかもしれない。でもココアは他の猫より丸く見えるし、運動が苦手なのかもしれない。
 路地裏を迷わず走り抜けるココアには、もう驚かなくなった。猫の音楽会とはどんなものか、期待しながらココアに付いていった。
 広場からどれくらい走ったんだろう。そんなに走っていないみたいだった。殆ど真っ直ぐに、曲がり角を三回曲がって、分かれ道を左に曲がってから少し進むと、開けた場所に着いた。開けた場所とは言っても、広場より広くもないし明るくもない、路地裏の一部になっている開けた場所だった。見上げると、空は狭くて月は建物に隠れて見えなかった。
 開けた場所は暗くて周りがよく見えないけど、何かがいるのは分かる。しかも沢山。きらりと点のような目がそこら中で光っている。
 ココアはとことこ、と一つの何かに近付く。それに引かれて、ココアの後ろを歩く。ココアはにゃあにゃあと鳴くように何かを話していた。にゃあにゃあ、とは何とも猫らしい鳴き声だけど、そういえばココアの猫らしい鳴き声を聞いたのはこれが初めてだった。
「話しておいたよ。友達だって言ったら、別に参加しても良いってさ」
 ココアは振り返ってそう言った。黒いタキシード姿のココアの体は暗い中だと全く見えなかったけど、きらりと光る目を持った顔だけは暗い中でも何とか見えていた。
 辺りからにゃあにゃあと高かったり低かったりちいさかったり大きい鳴き声が聞こえてくる。色んな鳴き声が聞こえてくる分、それだけ沢山の猫がいるということが分かる。
 ココアは手を離して、袋を片手に壁の出っ張りを伝って上に登る。袋から星くずを一掴み取って、それを空にばら撒いた。星くずは空に散らばって、辺りをぼんやりと照らした。暗くて今まで見えなかったものが見えるようになって、辺りにいる猫たちが見えるようになった。見回すと、ココアみたいに二本足で立ったり服を着ていたりする猫はいなかった。皆、猫らしい猫ばっかりだった。
 人間らしい猫のココアは、それからも星くずを一掴み取ってはばら撒き続けた。辺りを照らす光が増して、どんどん明るくなっていく。
「はじめまして、こんばんは」
 ただぼうっと突っ立っているのももどかしくて、近くにいた一匹の白い仔猫に声を掛けてみた。しかし仔猫は、にゃあと一声返してそそくさと離れてしまった。他の猫を見ても、ココアみたいに人らしい声をしている猫はいないみたいだ。
 猫に僕の言葉が通じているかどうか分からない。通じていなければいくら喋っても話が出来ない。通じていれば良いけど、僕は猫の言葉が分からないから、にゃあにゃあ言われても困ってしまう。まいった、これじゃあココア以外の猫とは何も話せない。
「お待たせさま」
 いつの間にか下りていたココアが声を掛けてきた。持っていた袋は、星くずを全部ばら撒いてしまって風船の空気が抜けてしまったみたいにしぼんでちいさくなっていた。
「もしかして、全部ばら撒いたの?」
「うん。ご主人に持っていくものは一袋で十分だし」
 ココアが見上げたので、僕も見上げる。空、と言うほど高い所ではない、屋根より上でもなかった。でも手の届かないくらいの所に、ココアがばら撒いた星くずが散らばっている。星空がすぐ傍にあるみたいで、とても綺麗だ。実際に星空をすぐ傍で見たことはないけど、見ることが出来るとしたら、こんな風に見えるのだろうか。
「苦労して沢山取ったかいがあったね」
 明るくなった空の下、猫たちはとことこ動き出す。場所によってはちらほらと集まっているところもある。箱やらが重なってお立ち台のような場所に三匹が整列していた。
「楽器とかそういうのはないけど、猫たちが自由気ままに歌うのが猫の音楽会さ」
 お立ち台に上がった猫たちが、歌い出した。三匹の猫は声をハモらせて、にゃあにゃあと歌う。猫の言葉は分からないけど、楽しく歌っているのは分かった。高い綺麗な鳴き声で、ゆっくりとした歌だ。周りの猫も、うっとり聴いていたり一緒に口ずさんだりくるくる踊っていたりしていた。
 流石に猫と一緒にくるくる踊ったり、猫の鳴き声を真似出来るくらい上手くもないから口ずさんだり出来ないけど、猫の綺麗な歌をうっとり聴いているくらいなら出来た。ぺたりと地面に座り込んで、ココアと一緒に歌を聴いていた。
「楽しそうだね」
「ふふ、歌うのはやっぱり楽しいものさ」
 三匹の猫の歌はいつの間にか終わってしまった。お立ち台から下りるとまた別の猫が自由気ままに上って、即座に歌い出した。今度は一匹の、ココアよりも丸々とした大きな猫だ。さっきの猫の歌声よりも低い芯の通った力強い声で、歌うものも叫びを利かせた激しい曲調のようだった。さっきよりも激しく踊り狂う猫がいれば、にゃあにゃあと猫同士話し合っているところもあった。
「人みたいに指が器用だったらなあ、こういう時に楽器とか掻き鳴らしてみたいもんだね」
「それじゃあ、今度楽器の演奏を教えてあげようか」
「人みたいに、指が器用だったら、と言ってるじゃないか」
「大丈夫だよ、ココアなら。何だかんだ言って出来そうに見える」
作品名:ネコの音楽会 作家名:白川莉子