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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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LOST EDEN

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「君は生け捕りにされるくらいなら、果敢に敵に立ち向かう男だ。それは僕がよく知っているよ」
 なんと、そこにはエノクの頭に拳銃を突き付けたカインが!
 あまりの衝撃に瞳孔(どうこう)を開き何も言えずにいるアベルに、カインは悪魔のような微笑みを浮かべた。
「人質だよ。自分の命は惜しくなくとも、仲間の命ならどうかな?」
「なぜだ!」
 それが口から吐き出せた精一杯の言葉だった。
 カインの裏切りは予想もしていなかった。
 指揮官も笑っていた。
「馬鹿な小僧だ、もっとも傍にいた仲間の裏切りにも気付かぬとはな。しかし、たかが小僧1人を捕らえるだけのために払った代償は高い。まさかプラントが1つ破壊されてしまうとは」
 不機嫌そうに指揮官はカインを睨み付けた。
「僕のせいではありませんよ、事前に作戦を漏らしておいたのに、食い止められなかったのはそちらが無能なだけでしょう」
「なにィ!」
 目くじらを立てる指揮官になおもカインは言葉を続ける。
「指揮官ともあろう方が冷静さを欠いてもらっては困りますね。僕はただのスパイではありませんよ、皇帝直属の部下であることをお忘れなく」
 皇帝の名が出た途端、指揮官は押し黙ってしまった。
 未だにアベルはカインの裏切りを信じられずに、戦意を失い立ち尽くしていた。
「なぜだカイン!? おまえの両親は帝國兵に拷問された挙げ句に殺され、皇帝を心から憎んでいたんじゃないのかッ!」
「本当にそんな理由で僕がレジスタンスのメンバーになったとでも? たしかに両親が皇帝に殺されたのは事実さ。けどね、それは単に皇帝に逆らった両親が馬鹿だっただけのこと、僕が怨んでいるのは両親のほうだ」
「なんだって!」
「いつか話をしたね。裕福だった暮らしから一変して、両親が死んでから僕がどんな地獄を見たか。はじめから勝ち目のない戦いなんだ。そう、君さえ現れなければ、両親も間違った道に進むことはなかった。全部、全部おまえのせいなんだ!」
 もうずいぶんと昔のことになるが、カインはこんなことをアベルに話していた。
 革命の英雄とカインの父はアベルに願いを託し、人脈や金銭面での支援をした。その結果、反逆罪に問われ、父は処刑され、財産もすべて没収。苦しい生活の中で母も病に倒れ亡くなったのだと――。
 その話は事実だったのだろう。
 しかし、カインが怨んでいたのは皇帝ではなくアベルだったのだ。
 今までカインはアベルの右腕として、良き理解者として、親友として傍にいつもいた。そのカインが、実は虎視眈々とアベルへの復讐の機会を狙っていたのだ。
 信じる者に裏切られ、敵にも包囲され、アベルはついに膝を突き項垂(うなだ)れた。
 自分たちの戦いで、犠牲になった人々がいることを改めて実感した。正義のため、自由のため、人々のために戦っていたつもりだった。
 しかし、その戦いの一方で、戦禍に巻き込まれ新たな不幸に堕とされた人々がいた。
 今回の作戦で手引きをしたエノクもはじめは協力を拒んでいた。それは生活があったからだ。工場が破壊されれば失業者が出る。その失業者たちは、アベルたちが守ろうとしている貧困層なのだ。
 アベルの脳裏に迷いが過ぎる。
 今までがむしゃらに戦ってきた。揺るぎない信念を持って戦ってきた筈だった。
 エノクが叫ぶ。
「立てアベル!」
 暴れたエノクはカインを振り切ってアベルに駆け寄る。
 鳴り響く銃声。
 カインが構えた銃口から微かに立ち上る硝煙。
 人影が音を立てて倒れた。
 まるで襤褸(ぼろ)切れのように風に煽(あお)られながら、倒れたまま躰を動かさないエノク。その口だけが微かに動いた。
「おれ、どうせ命短い。人間じゃない生まれてきたはすぐ死ぬ、だから……」
 そこで言葉は途切れた。
 変異体として生まれて来た者の宿命。ここで死せずとも、その一生は健康体で生まれてきた者に比べ、圧倒的に短い。
 剣を握るアベルの手に力が入る。
「たとえ……おまえでも、許さないぞォォォッ!」
 龍が如く咆吼をあげてアベルがカインに斬りかかった。
 すぐに退避したカインは帝國軍を盾にして、その姿を隠してしまった。
 指揮官が命じる。
「足を撃て、足なら構わん! だが絶対に殺すなよ!」
 飛ぶように駆けるアベルの足下に銃弾が撃ち込まれる。
 軍勢を離れ近づいてきていた指揮官なら狙える!
 アベルの剣が振り上げられた。
 そのとき、アベルの頬を走った一筋の血痕。
 指揮官が喚き散らす。
「誰が頭を狙えと言った馬鹿もん……ギャァッ!」
 短く叫んだ指揮官の脳天から剣が振り下ろされた。
 丸太のように倒れた指揮官。
 兵士たちは一瞬ざわめいたが、すぐに再び銃撃がはじまる。
 アベルは弾雨を掻い潜りながら軍勢に立ち向かう。
 しかし、勝ち目など誰の目で見ても明らかだ。
 そのときだった!
 上空からの砲撃で爆風に煽られたアベルが吹き飛ばされた。
 地面に伏せながらアベルは遙か空を見上げた。
 厚い雲の中から顔を覗かせた巨大な影。夕焼けを背に浴びて現れたのは飛空挺だった。
「……帝國の船。だが……」
 アベルは呟いた。
 次々と天空から降り注ぐ砲撃は、帝國兵を壊滅に追いやった。
 いったいどうして帝國の飛空挺が味方の軍を?
 アベルの通信機がなにかを受信した。
『Zazaza……Zaza……だ、聞こえるか? 帝國の飛空挺レッドドラゴンを掻っ払ってやったぜ!』
 空にまばゆい光が差した。
 別の作戦を遂行していた仲間たちが、帝國の飛行場から飛空挺を盗み出したのだ。
 思わぬ襲撃で帝國兵はほぼ壊滅し、生き残った兵士たちも我先と退却していく。
 倒れた兵士の下からカインが這い出してきた。
「まさか……飛空挺強奪作戦の情報も教えてやったのに、なんて無能な奴らなんだ!」
 カインは死んだ兵から短機関銃を奪い、銃口をアベルに向けて弾を発射した。
 だが、すでにアベルの間合いにカインは入っていた。
 剛剣によって短機関銃が叩き落とされた。
 すぐにカインは飛び退き剣を抜いた。
「僕が自ら手に掛けるような真似はしたくなかったんだけど、ねッ!」
 交じり合う鋼がキンと音を立てた。
 カインの刃を刃で受けたアベルはそのまま剣ごとカインの躰を押す。
「どうして裏切った!」
「それはさっき言っただろ、君を怨んでいるからだと!」
 押されていたカインがアベルを力で押し飛ばした。
 地面に片手を付いてしまったアベルにすかさずカインが襲いかかる。
 すぐにアベルは相手の剣を薙ぎ払おうとしたが、腕を斬られ剣を落としてしまった。
 カインの剣が振り下ろされる。
 だが、それよりも早くアベルはカインの懐に突進した。
 互いに地面を転がりながら倒れた。
 先に立ち上がったのは胸を押さえて、苦痛を浮かべるカイン。
「ゴホッ、ゲフッ……ゲホッゲホゲホゲホ……」
 咳の止まらないカインを見ながら、アベルは攻撃を仕掛けようともせず、ただじっとその姿を見つめていた。
 カインが微かに口元を綻ばせた。
「もしかして気付いたかい?」
「まさか……」
「包帯を巻いて潰していても、触られたらわかるものだね」
「女だったのか!」