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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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LOST EDEN

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轟音(ごうおん)と爆風に包まれながら、鋼の塔が崩れ落ちた。
「作戦は成功だ! このまま一気に敵を振り切って逃げるぞ!」
 レジスタンスのリーダー、紅髪(こうはつ)のアベルが声を荒げた。
 帝國が所有するエネルギープラントへの攻撃作戦。まだこの地域には工場がいくつも存在しているが、たった1つだとしても帝國の象徴であるエネルギープラントを破壊したことは大きな意味を持つ。
 バベルの塔――貧困層の人々はそう呼んでいた。
 遙か天まで伸び、排出される煙で神の領域である空をも穢し、星の命を掘り起こし喰い尽くさんとする鋼の塔。その姿はまるで神に挑むかのごとく、剣を神の喉仏に突き付けんとしているようだった。
 ガスマスクの少年が叫び声をあげる。
「大変、敵来る。おれ殺される!」
 少し拙(つたな)い口調。そう、彼は工場汚染の被害者なのだ。
「心配するな。エノクのことは俺が守る、だって仲間だろ!」
 アベルはガスマスクの少年――エノクの爛(ただ)れた手を掴(つか)んで自分のもとへ引き寄せた。
 敵が狙う第一の標的はレジスタンスのリーダーであるアベルだろう。だが、おそらくエノクのことも生かしては置かない。なぜなら内部から作戦の手引きをしたのが、他ならぬエノクだからだ。
 工場内部は毒素による汚染が酷く、ガスマスクをしていても、躰(からだ)は徐々に犯され恐ろしい突然変異が起きる。それでも金のために工場で働かなければならない貧困層。
 エノクは工場で働いていた母が妊娠し、変異体としてこの世に生まれた。醜悪な顔と躰を持ち、知能の発達にも問題があるため、まともな職にも就けず、己に悲痛な運命を背負わせたこの工場で働くことを余儀なくされていた。
 しかし、アベルとの出会いでエノクの生きる道は大きく変わった。
 生活のために工場で働くよりも、彼は自分の運命と闘うことを決意したのだ。
 突然、大きな爆発が起き、地面が激しく揺れた。
 崩壊したエネルギープラントを指さしながら、頭に包帯を巻いたサブリーダーのカインが叫んだ。
「壊れた工場からガスが噴き出しています。風も強い、すぐにこの辺りも汚染されそうです」
 建物が崩壊したことにより、二次爆発が起きて毒素を孕(はら)んだガスが噴き出したのだ。
 これほどまでガスが噴き出すとは予想外であり、汚染による恐怖やさらなる被害拡大に、レジスタンスのメンバーたちも慌てふためいた。
 カインがアベルに助言する。
「あなたが凛とした態度を取っていれば問題ありません。すぐに迅速な退避命令を出してください」
 すぐにアベルは自らの襟首を掴み、そこに付けた小型通信機に呼びかける。
「我々が破壊したプラントから大量の毒ガスが噴出した。持ち場を放棄してすぐに風下から退避しろ!」
「僕たちも早く逃げましょう」
 カインが迅速に思考を巡らせ、アベルが揺るぎない決断を下す。
 すぐにアベルたちも退避をしようと矢先、エノクが叫んだ。
「敵来た!」
 爆発による火災で蔓延(まんえん)する煙と、工場から流れてくるガスによって、辺りはまるで霧に包まれたようになり、その先から敵の影がこちらに近づいてくる。
 敵に向かってアベルが駆け込もうとした。
「俺が敵の目を惹く、先に逃げろ!」
 しかし、エノクはその場から動こうとしなかった。
「おれヤダ逃げない」
「アベルなら大丈夫ですよ。早く逃げましょうエノク」
 カインが手を引くが、エノクは固い意志で動かない。
「ヤダ、アベルおれたちの星。だから守る」
 アベルはただのレジスタンスのリーダーではない。帝國の圧政に苦しむ人々、貧困に喘(あえ)ぐ人々の希望の星なのだ。
 ――今から20年以上前に起きた内戦。人々の苦しみはそのときからはじまっていた。
 政権を奪われた先代の皇帝は処刑され、当時大臣だった男が叛旗(はんき)を翻し先代の皇帝の悪政を打ち破ったリーダーとして、のちに皇帝として鎮座した。
 これには多くの異論があり、先代の皇帝は濡れ衣を着せられたのはないか、すべては大臣の陰謀だったのではないかと。だが、その声は現在の圧政により口を塞がれ、真実の究明などされる筈もない。
 一つ言えることは、社会的格差は現政権になってから目に見えて悪化し、貧困層は明日をも知れない生活を強いられていると言うことだ。
 そこへ現れたのがアベルという若き指導者だった。
 アベルの出自は明らかになっていないが、人々が彼を支持する理由はある噂にある。
 先代の皇帝が処刑されたとき、皇后は身ごもっていたとされ、反乱軍から身を隠し逃亡し、極秘裏に子を産んだと噂されているのだ。
 しかし、その数年後、皇后は新たな政権の帝國兵に拘束され、現在の皇帝の妻として皇宮に輿入れさせられた。
 皇后が拘束されたとき、出産されたという子供は発見されず、その行方は今となってもようと知れない。はじめから子供などいなかったとさえ言われている。
 それから長い年月が経ち、アベルの活躍が人々に耳に届くと、再びのその噂が流れはじめた。
 人々はアベルに先代の皇帝の面影と勇姿を見た。
 貧困層の人々がアベルを支持する声は日に日に高まり、今や富裕層の中にも支持をする者たちも現れた。だが、富裕層の支持は極僅かなものでしかない。
 新たな皇帝の元で行なわれているエネルギー産業は、富裕層の生活をより裕福なものとして、一方で貧困層との格差は広がるばかり。圧政により逆らえないばかりか、富裕層はさらなる富を求め、皇帝に丸め込まれてしまっているのだ。
 アベルを後押しするものは噂だけではない。
 アサルトライフルを構えたアベルは、エノクをカインに任せて敵の真ん中に突っ込む。
 敵からの弾雨を臆することないアベルの姿。
 硝煙の臭いが風に乗る。
 応戦するアベルを追って、エノクがカインの制止を振り払った。
「おれ戦う!」
 背後から近づいてくるエノクに気付いたアベルは、すぐさま引き返して突進しながらエノクの躰を押し倒した。
「危ない!」
 寝ころんだ二人の上を抜ける銃弾。
 反撃をしようとアベルはトリガーを引くが弾が発射されない。
「チッ、ここで弾切れか……」
 レジスタンスの装備は充実しているとは決して言えない。武器の入手も困難であるが、それよりも資金面での苦難を強いられる。
 アベルは立ち上がると腰に差していた剣を抜いた。
 鍔(つば)に刻印された火竜の紋章。
「この身がここで朽ちようとも、魂は決して滅びない!」
 剣を構える気高いその姿。紅髪が風に靡(なび)き、髪飾りで結ばれた長髪が竜の尾を連想させた。
 煙の中から拡声器を使った濁声(だみごえ)が聞こえてくる。
「ブハハハハハ! 一本の剣で我が軍に、どう立ち向かうというのだ小僧!」
 強風によって煙が晴れる。
 するとそこにはアベルたちを包囲した軍勢が!
 もうどこにも逃げ場などなかった。
 敵の指揮官がこちらに近づいてくる。
「さあ武器を捨てて投降したまえ、生け捕りが皇帝のお望みだ」
 生け捕りの先にある末路……それを考えればここで最後まで戦い朽ちることをアベルは望む。
 剣を捨てず、指揮官を睨み続けるアベルの瞳にエノクの姿が映し出され、さらに――。