食べたいもの
◇聡/一‐三
一度食べさせてからは、凄い勢いで食べ始めた。絶対口の中熱いだろと心の中で突っ込みながらも、ああやっぱ使って良かったなと思う。この『ちから』を他人に見せたのは初めてだ。
明らかに異常。浅学の俺だってこの能力は物理法則とかをぶっちぎりに反している事は知っている。
しかも制限が厳しい。四つぐらい制限があるが、中でも一番の制限は「自分が作れる程度の味しかだせない」と言うことだ。
最初は食費が減ると喜んでいたが、自分が上手くなるしかない=食費がかさむと気づいたときは絶望に近かった。実の所、師匠の所で働こうとしたのはこの『ちから』のためだけだった。
今では優先順位が逆転して、『ちから』を使う事が無くなってしまったが。
もう必要ないと思った『ちから』がこんな所で役に立つとは、思いもしなかった。
みるみるうちにおかゆが減っていく。梅干しをもったいないといった感じで、ちびりちびりと食べる様はハムスターみたいで可愛いとさえ思う。
レンゲであと五杯という所で、少女の頬に涙が伝っていた。
最後の一掬いを口に入れて飲み込んだとき、何かが決壊しそうな、そんな危うい儚さをもった顔をしていた。
そして、少女はそのまま俺の胸に顔を押しつけて、泣き始めた。
その辛さ、苦しさ、いろいろな感情を、ただ泣くことで吐きだそうとしていた。
俺はそんな彼女を見て、その頭を優しく撫でることしか出来なかった。
◇聡/二‐一
「じゃあ師匠、失礼します」
「おう、お疲れさん」
いつも通りまかない料理を食べたあと、待機室から店の裏側へ出る。
公園の横を通る時、電灯に照らされたイチョウが黄色くなっていることに気づいた。
「そういや、もう十月か」
温暖化の影響と言うやつか、まだ日中は二十度を超える日があるが、秋は終わり、冬の足音が近づいてくる時期だった。
風流を感じつつもアパートまで足を運ぶ。俺の部屋のドアの前にはあいつがいた。
柚。冬の寒い日に俺が助けた少女だった。
餓死寸前だった十ヶ月前とは違い、今では、頬と唇は桃色になり、身長は伸び、外見でも細かった身体はちょうど健康的な体型になり、年齢に応じた成長をしていた。