食べたいもの
「すまんすまん、説明しなきゃならなかったな」
ははは、と軽く笑いながら彼は言葉を続ける。
「実は、俺は一つだけ『ちから』があるんだ」
ちから、という言葉の意味がよく分からなかった。
「食べ物が出る『ちから』がな」
『ささやかな三つの願い』という都市伝説がこの御蔵市にあるらしい。
その内容は『精霊が現れて、ささやかな三つの願いを叶えてくれる。そして三つの願いに対応した『ちから』を授けてくれる』というもの。
彼は実際にその精霊に出会い、『うまい飯が食いたい』と三回願った後、『食べ物が出るちから』を貰った、らしい。
まるで、おとぎ話のような、ちから。何を言っているのだろう、とまず彼の頭を心配した。
「……ま、実際に見てみるのが一番だわな。何味がいい?」
「梅干しがのってる塩」
「梅塩だな。よぉく見てろよ」
彼が深皿に両手をかざす。何かに集中するように、目を閉じた。
光が弾けた。部屋全体が白く光り、そして一つの場所――深皿に収縮していく。
深皿の中には、赤い梅干しが白いおかゆの上にのっていた。湯気がおいしそうにふわふわと浮いていく。
「半年ぶりだが、上手くいったな」
彼は味見をし、そのまま柚の前におかゆを置いた。
唖然としながらそのおかゆを見る。
梅干しの酸味、お米の甘い味が、そのおかゆを見るだけで口に広がる。
だけど、その光景はさらに柚を疑心暗鬼にさせる。
おいしいかもしれない料理に、手が動かない。
「どうした、食べないのか?」
食べないも何も、目の前にあるものが信じられない。信じられないものは、とても怖かった。
「……仕方ないな」
彼が隣に座る。レンゲを手に取り、白いおかゆをすくった。
ふうふうと熱をさます。そして、柚の口元にそれを近づけた。
久しぶりのお米の匂い。米粒の形は崩れる一歩手前で、きっと食べればふわりと浮きつつ口の中でとろけるだろう。
「うまいから、食べてみろ」
言葉は、空腹の胃に良く響いた。
――我慢できず、そのレンゲに口を付けた。
おいしかった。もう、頭の中はそれで一杯だった。何も言えず、彼が持っていたレンゲをつかみ取る。熱いおかゆを必死で冷まして口に入れる。それでも熱かったおかゆ。でも、手が止まらない。
そこで、やっと感じた。
どうやら、まだ生きていても良いらしい、と。