食べたいもの
◇聡/一‐一
『今日は今年一番の寒さになりました。明日は西高東低が崩れ、少し暖かくなります。ですが夜から雪が降るため、防寒の準備は必要のようです』
待機室に備えられたテレビから、美人お天気キャスターの美声が響く。
「道理で寒いわけだ」
俺はどんぶりに入ったうどんをずずずとすする。
「だな。お陰でうまいうどんも格段にうまい」
ちゃぶ台を囲んで、老年で年季の入った険しい顔を持つ師匠もうどんをすする。
「ありがとうございます。あ、おかわりはまだあるんで」
「おお、わかった。しかしまあ、腕あがったな」
鰹出汁のきいたつゆをすすったあと、師匠がテレビを見ながら言う。師匠が褒めるときの癖だ。
「師匠のしごきのお陰です」
俺もテレビを見ながら答えた。超人気司会者が夜のニュースを斬っていた。過労で倒れないのかこの人は。
「……敬語もな」
「……はははは」
それに関して、俺は苦笑いするしかなかった。
「さて、お前はもう帰っていいぞ」
「そうですか」
うどんをたらふく食べた後、師匠が店から出るように言った。きっとこれから隠しの仕込みが始まるのだろう。俺は三年間勤めているが、一度もその仕込みを見たことがない。五年働いている先輩も見たことがないと聞いた。
「そういえば、何故店始めと店仕舞いは見せてくれないんですか?」
俺は興味本位で聞いてみた。
「……店を始めるときと終わるときを見るのは、店主の責任だからな」
師匠はそう言って厨房の奥へと戻っていった。俺はなるほど、と納得して店を出る用意をした。
今年一番の寒さというのは冗談ではなく、本当に寒かった。
身体の芯から凍るとはこのことかと思いつつ、俺はアパートへの家路を歩いていた。
「あー、寒い寒い寒い」
寒さへの愚痴をはき続ける。
ずんずんと前へ進む。ふと目の前を白い粉が通り過ぎる。上を見上げた。
雪だった。粉雪だ。
「……明日は雪だるまが作れそうだな」
不意に出た言葉に、自分らしくないなあ、と笑う。
ごつ、と靴に何か当たった。
なんだ、と俺はその下にある物を見た。
女の子、だった。
近くには、ホームレスさんが多く居ることで有名な公園がある。知り合いも結構居る。彼らは寒い日ではまず寝ない。寝ると死ぬことを知っているからだ。