食べたいもの
◇聡/五‐二
翌日、俺たちは最後の願いを決めた。
「で、最後の願いはこれでいいんだな」と精霊が聞く。
「はい!」と柚が答える。
――その内容は「もっと幸せになれますように」。
ささやかな願いはささやかにしか叶わない。これは絶対だ。だけど、どんなにささやかでも、柚にとっては大切な一歩だった。
精霊が『ちから』を使う時の俺の様に、両手を柚の頭に向け、眼を閉じ集中する。数秒後、その手を下ろした。
「よし、これで叶うはずだ。……お、早速『ちから』のマニュアルが来たな」と精霊はどこからともなくメモを出し、中身を見て、にやりと笑う。
精霊は黙って柚にメモを渡した。
「どんな『ちから』なんだ?」
と俺は柚の横からそのメモ書き――説明書を見ようとするが、すぐに閉じられてしまう。柚の顔を見ると、今まで見たことがないくらい赤面していた。リンゴと言うよりもアメリカンチェリーくらいの赤さだ。
精霊はニヤニヤと笑っている。くそ、余計に知りたいなその中身。
「確かに、その『ちから』さえあれば幸せになれるわな。ま、あんたたち次第だけど」
精霊が意味深な発言をし、柚はさらに赤面する。熱さは沸騰したヤカン並かもしれない。
俺はその様子に首をかしげるしかなかった。
こうして精霊は去っていき、俺たちの新しい日常が始まった。
――――After
◇聡
「うむ、うまい!」
常連である社長が、今が旬のブリ大根に舌鼓を打つ。
「ありがとうございます」
俺は軽く頭を下げながら次の料理の用意をする。
「いやあ、やっぱり冬と言えばブリ大根だ。このブリの身のほくほくとしたおいしさとブリのうまみを吸った大根のおいしいことおいしいこと」
「そこまで褒められると恐縮ですよ」
「いやいや、店長。決して褒めすぎではありませんぞ。さすが二十代で店長になった人だ。あの人からのお墨付きを貰っただけのことはある」
なのでお代わりしても構いませんかな? と器をこちらに向ける。全く口の上手い人だ。「一杯だけですよ? あと他言無用で。バレると妻がうるさいので」と口添えしながらお代わりした。
俺は今、師匠の店「鶴が屋」二号店の店長を任されている。先輩を押しのけての突然の任命だったが、師匠曰く「お前なら出来るだろう」と言う理由らしい。