食べたいもの
最初はかなり難航した。なんといっても「本家鶴が屋」の人気がすさまじいものがあり、こちらには全然客が入らなかった。
そんな窮地を救ったのが柚だった。いろいろな経緯で師匠の養子になった後、会計士の専門学校に通い始めていた柚は、幾度となく鶴が屋二号店を救ってくれた。
ランチタイムや気軽に入れる和食屋の提案など、本家鶴が屋との差別化とオリジナリティを出すことなど、すべて柚が考えたことだった。そのお陰で、鶴が屋二号店は本家と変わらないほど繁盛することができた。
店が終え、のれんをしまい、奥の待機室にもどる。そこでは女将姿の柚がパチパチパチキーボードを打ちながらとパソコンの表計算とにらめっこしていた。
「お疲れさま、あなた」
俺がいることに気づいたのか、回転椅子を回し俺の方に向く。
柚は初めて会ったときとは比べものにならないくらいに成長していた。
身長も少し伸び、俺の胸下くらいだったものがやっと胸あたりになっている。見るにも耐えない微乳だった胸も、美乳と呼べるくらいに成長し、二十歳相応の身体を持っていた。
「そっちもな、柚」
と柚の方に近づく。表計算を見て収支を確認。うん、今月も順調のようだ。
「そう言えば、今日は大谷社長が来てたね」
ぎくり、と心臓がカチンと凍る。
「あ、ああ」
「……またサービスしたりとかしてない?」
鋭い。柚はこういう直感が恐ろしく強い。こうなれば嘘も何も通じない。
「しちゃいましたッ」
「もうっ、ましたッじゃないの。今日は何?」
「ブリ大根のお代わりを」
「……しょうがないなぁ。ブリ大根ならまだいいけど、ふぐの唐揚げとかはださないでよ、あなた」
「へい、肝に銘じておきます」
俺は自分の妻へ深々と頭を下げた。
◇柚
深々と頭を下げる夫を見つめながら、私は肩を落としつつ微笑む。
「じゃ、罰として私のお夜食を作ってもらおうかな」
「分かったよ、何がいい?」
「炒飯が久しぶりに食べたいかな」
「あいよ、少し待ってろ」
「あ、そうじゃなくて久しぶりに『ちから』で作ってよ」
「そっちか。いやーもう何ヶ月使ってないっけ」
「一年かな。うん、ちょうど一年」
カレンダーを見て確認する。今日の日付けには赤い丸が付けられていた。
それは、私と聡が出会った日。
「じゃ、その皿に作るぞ」
「うん」