食べたいもの
◇聡/四‐二
俺は雨の中立ち尽くす柚の手を掴んだ。
「――はなして、くださいっ」
手を振り、話そうとする柚。俺は柚に聞いた。
「離して、いいのか?」
柚の手の動きが止まった。
「離したら柚はどこにいくんだ? あの公園か? 近くのコンビニか? それとも、自分の家か?」
柚は自分の家のところでビク、と反応する。
それは俺が見ないように逸らしてきた、柚の過去についての言及。
「……柚は、俺に少しだけ似てるんだよ、境遇がな」
そう、大部分は違うが、本質的に柚と俺は同じ被害者だ。
「俺の親父は投資家だった。だけど最悪な親でさ、投資が失敗したときのはけ口が俺だった。年追うごとにそのはけ口としての役割がでかくなって、最後じゃ殴る蹴るは当たり前になってた。だから、俺は家を出た」
淡々と俺は過去を語り出す。はっきり言っていい記憶じゃない。トラウマにも近いものだ。だけど、今は、柚と話すために必要だと思った。
「ただ、俺と柚との違いは働ける年か、働けない年かなんだ」
スタートラインが違うだけ、ただそれだけの違い。
昔の自分を重ねていたからこそ、助けようと思った。
「俺と同じように、何か自分のための『ちから』を持てばと思った。そうしたら、きっと幸せになれると思ったんだ」
今の俺がそうであるように。
「……それでも柚は、聡さんに恩返ししたいです」
柚は決してこちらを向かず、ただただ、雨音響くアスファルトの地面を見つめている。
「なら、俺にとっての最大の恩返しは、柚が幸せになることだ」
俺は二回目か三回目の言葉を言う。今度は、もっと力強く、そして――自分の願いを込めて。
しかし、柚はふるふるとまた首を振り、その言葉を述べた。
「柚は、幸せです。命を救ってくれたときから」
何かが分かった気がした。
◆柚/四‐二
親に捨てられた最初の一日は、コンビニを転々とした。
二日目は公園の隅で泣いた。
三日目は空腹を紛らすため、公園の水を飲むしかなかった。
四日目は何もする気になれず、ただ寒さに震えるだけだった。
そして、世界に居場所がないことに絶望して、倒れた。
あとは死ぬだけだった。意識が遠のくとき、雪が降っていることだけが分かった。
白い世界、何も無い世界で死ぬのも悪くないな、とさえ思った。
だけど、そんな世界から、あの人は救ってくれた。