食べたいもの
「聡さんには関係ないことです!」
呆けた顔をする聡さん。
柚はそのまま廊下へ走り、秋雨が降る世界へと飛び出した。
◇聡/四‐一
「おい、何をしてるんだ、元享受者」
頭が覚醒する。
「――あ」
時間にして三秒ほどだろうか、柚が家を出て行く姿を呆けて見ていたのは。
「享受者が行ってしまうぞ」
「……分かってるよ」
こたつに手をついて立ち上がる。
実のところ迷っていた。追うべきか、追わぬべきか。
もともとはずっと続くはずがない日常。なら、このままの方が俺にも柚にも良いかもしれない。
だけど、――柚と出会ったときに撫でた、あの震える感触はいつまでも手に残っている。それは、確かだった。
「……クソッ」
俺は駆けだした、寒い秋雨の降る外に。柚が駆け抜けていった方向へと。
◆柚/四‐一
秋雨が冷たく服を濡らし、身体を冷やしていく。
あの日を再現するかのように、心の芯を冷やしていく。
走ってた足が徐々に速度を落とし、そして止まった。
また、世界での居場所を無くしてしまった。今度は自分の手で。
馬鹿としか言いようがなかった。素直にあの幸せに甘えていれば、きっとまだ数ヶ月は幸せだったのに。自分の手でその幕を閉じてしまった。
雨が降り続き、空は灰色。まるで柚の心を写しているかのよう。
――それに、この生活がずっと続くとは限らないんだ。
分かっていた。こんな歪な生活がずっと続くことが無いことを。
だから、失うくらいなら、柚は――
その時、後ろから駆ける音が聞こえた。この足音は、
「……柚」
さっき、現実を柚に押しつけた人のものだった。