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さよなら、赤川先生

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 ところで、私は既に「ここ」の奥深くまで足を踏み入れてしまっています。「ここ」での往路と復路はイコールではありません。おそらく、来年は屋敷へ帰れないのではないかと思います。ですから、次の夏は私が帰らなくても心配しないでください。しかし、季節がもう一回りして、二回目の夏が来てしまったら、その時は私はもうこの世にいないものと思ってください。それは確かです。
 縁起の悪い話になりますが、そのときに備えていくつかお願いをしておきます。法的に私の失踪宣告届けが認められても葬式はあげないでください。私は自分がいないところで自分が話題にされるのが嫌いなのです。それと、私が書いてそちらに送られていく小説は全て、何らかの形で世に出してください。きっかり全部です。全部そろわないと意味がありません。いい加減、世間も僕の小説にはうんざりしてるでしょう。でも、まだまだ足りない。もっともっと書かなければならない。実は今も、右手でこれを書きながら左手で小説を書いてます。これまでも全精力を注いで書いてきたけれど、まさかこんなに早く締め切りがやってくるかもしれないとは考えてもみなかったからもう必死です。残された時間があとどれくらいだとしても、自分に残せるものは全て残しておきたいのです。それから最後に、布団屋のご主人に例の「文書らしきもの」を渡すのを忘れないでください。くれぐれもよろしくお願いします。では、お元気で。「ある場所」より、君の先生 赤川』


 ……ミラクルじいさんに先生の奇妙な手紙が渡る事はなかった。僕が手紙を届ける前に、じいさんが死んでしまったからだった。
 その日、夜遅くにみゆきさんが高橋名人のごとくお屋敷のインターホンを鳴らした。既にベッドの中だった僕が目をこすりながら出て行くと、みゆきさんは「公園の方で火事みたいなの」と半分楽しそうに告げた。いやな予感が夏雲のように湧き起こり、そしてそれは的中してしまった。寝間着にジャンパーを羽織って駆けつけると、公園は火の海になっていた。降り積もった落ち葉に火がついたのだろう。なんとか消し止めようとする住人達がバケツを持って集まっていたけれど、炎が発する熱で近づく事ができないようだった。遠くから消防車のサイレンが聞こえてきた。商店街に燃え移ったぞ、と誰かが叫んだ。僕はみゆきさんに安全なところで待っているように伝えて、公園を大きく迂回して商店街へ走った。
 タイヨーふとんは燃えていた。古びた木造建築の並びはもう炎の壁になっていて、ミラクルじいさんの店も完全に炎に包まれていた。野次馬にじいさんの安否を訪ねたけれど誰も知らない。やがて到着した消防隊の壮絶で混乱した消火活動の行方を、傍らで僕は呆然と見ていた。しばらくしてみゆきさんが後ろから僕の熱くなった指に触れるまで、じっとそこに立ちつくしていた。

 完全に鎮火し、静けさの戻った夜明け前、辺りには雪が降った。興奮して眠れなかったみゆきさんは、朝焼けのグラデーションに染まる窓に白いものが舞っているのを見、たまらなく嬉しくなって外に飛び出したという。ふわふわと降ってくるそれに手を伸ばして、しかしみゆきさんはびっくりしてしまった。それは冷たくなかったし、手のひらで儚く消えてしまうという事もなかったからだ。それどころか、ふっと息を吹きかけるともう一度舞い上がり、風にさらわれていってしまった。それは鳥の羽毛だった。一帯に降った雪は、ミラクルじいさんの羽毛布団だった。火災の上昇気流で舞い上がった羽毛が、気流の関係なのか上空にとどまり、鎮火に伴って舞い戻ってきたらしい。小さく孤独な老人が背を曲げて縫った布団は、最後に一矢報いるように街中を白く汚して昇天したのだった(性的な意味はない)。みゆきさんは空を見上げた。桃色に光る空を埋め尽くすように、決して溶けることのない雪は悠然と漂っていた。
 そして間もなく、妙な噂が蔓延るようになった。それによると、公園に放火したのはUFOで、発光する円盤が上空に現れ、まっすぐな光線を公園に照射するところを近くに住む四歳の女の子が見たという。降りしきる羽毛の雪の合間に、稲妻のように飛ぶ光を見たという証言も絶えない。子供達はそんな話を聞くと真っ先にミラクルじいさんのミラクルのことを思い浮かべたけれど、叱られるのが怖くて大人には何も言わなかった。


作品名:さよなら、赤川先生 作家名:めろ