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星の降る夜

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 シンとそこは静まり返っていた。
 夜の闇と規則的で人工的な呼吸の音だけが繰り返されている。
 ちょうどつい先程までは慌ただしかったのが、今やっと終息したばかりだった。
 その部屋の中に、男は唐突に現れた。
 音も立てず、闇の中から溶け出すように。
 姿もまさにこの場には似合いの、死神の装い。
 つまり男は星狩りだった。
 男は部屋に一つのベッドを見下ろしていた。
 ベッドの上には少年が眠っている。
 体中を様々な管やコードに取り巻かれ、やせ細り、やつれ切った少年が。
 今にも事切れてしまいそうなほどに憔悴仕切った彼には、つい先日まで無邪気な顔でつきせと共にはしゃぎ回っていた彼の面影は残ってはいない。
 彼けいがは、今まさに死の時を迎えようとしていた。
 男がゆっくりとけいがの横たわるベッドに近付いていく。
 一歩近付くと共に、その大きな鎌を徐々に頭上まで持ち上げて。
 それが一番上まで上がったのと同時。
 その鎌がけいがの細い首めがけて真っ直ぐに振り下ろされた。
「待って!!」
 突然正面の窓が勢い良く開け放たれた。
 鎌は、寸前のところで止まっていた。
 息を切らして、大きく肩を上下させて、つきせがそこに立っていた。
「待って、下さい……。けいがの、星を、狩らないで……」
 ぜいぜいと荒い呼吸が繰り返される。
 きつく男をつきせはにらみ付けた。
 そこには、もう泣き虫とののしられたつきせの姿は存在しなかった。
 いどむように、決して男の深い闇色の瞳から目を離さないように、じっと男を見つめる。
 男は、そのつきせの目から視線をそらさず、ゆっくりと鎌を降ろした。
「なぜ、来た……」
 冷ややかな男の声だった。
 ギクリと、つきせは身を竦めた。
 けれどここまで来て引き下がるわけにはいかない。
 もう一度きっと強く男をにらみ返す。
「僕がここにくることは命令違反だと言うことは分かっています。でも、僕はけいががだれよりも大好きだ! だれよりも大切なんだ! 僕はけいがを死なせたくはないんだ!」
 叫んだとたん、また涙があふれた。
 泣きたくはないのに涙は止まらない。
 いくらぬぐってもぬぐっても止まらなかった。
 泣き虫な自分はもう嫌だった。
 泣き虫だと思われるのも嫌だった。
 でも、涙は止まらなかった。
 男が、口元まで覆った布越しに、ふっと笑った。
 泣いていることを笑われたのだと思った。
 悔しかった。
 悔しくて、耳まで真っ赤になりながら、必死で涙を止めようとした。
 そんなつきせに、男は思いも寄らない言葉を与えた。
「強くなったな、つきせ……」
 その時、冷たいと思っていた男の声は穏やかな、暖かな物だった。
 え、と。つきせは虚をつかれては顔を上げた。
 男が顔を覆っていた布を取り去る。
 いつもは怒ってばかりなのに、そこにはとても優しいほほ笑みを浮かべていた。
 深い闇色の瞳を持った人。
「星、使い……、様……」
 呆気にとられ、身動きすらせず、つきせは星使いを凝視していた。
「お前はここには来ないだろうと思っていた。そして、もし本当にお前がここへ来なかったら、俺は星狩りをやめさせようと思っていた。そんなままでは到底この仕事なんて勤まるはずはないからな。だが、お前は来た。俺の考えを裏切ってな。強くなったな……」
 ぽんと、頭の上に手を乗せられ、クシャクシャと髪をかき回された。
 星使いの手は、大きくてとても暖かな手だった。
 つきせは星使いを見上げた。
 まだなんだか良く事態が飲み込めない。
 ほめられて確かに嬉しかったけれど、どこか素直に喜べない。
 安心できない。
 実際、星使いの瞳は暗く、重かったから。
「お前に本当のことを教えよう。星使いに導かれなかった人間が、どうなるかを……」
 すい、と星使いが体を移し、つきせをけいがのベッドに引き寄せた。
 すると、何かがけいがの体の上でうごめいた。
 そのうごめきは次第に大きくなり、うっすらと黒い影を生じる。
 つきせの体が震えた。
 何か訳の分からない恐怖がつきせの身を駆け巡る。
 震えが止まらない。
 これはどこかで覚えのある感覚。
 つきせも良く知る物体。
「そんな筈ない。そんなこと、あるはずない……」
 強く首を振って、目の前で起きつつあることをつきせは必死で否定した。
 一歩、後退ろうとしたつきせの震える肩に、星使いが手を添えて、逃げようとするつきせを止める。
「つきせ、よく見るんだ。けいがはもう、生きることはできない」
 けいがは額にじっとりとあぶら汗を浮かべて、苦しげにうめいていた。
 それに対し、星使いは淡々と話す。
「星が狩られなければ、星は流れない。おまえは星が流れなければ人は死なないと思っているのかもしれないが、それは違う。人は必ず死ぬ。たとえ星が狩られなくてもだ。じゃあ、狩られなかった星はどうなるか? それはな、つきせ。死のない闇に引きずり込まれてしまうんだ。転生することもかなわないまま、永遠闇の中をさまよい続ける。星の闇人となって……」
「そ、んな……、うそだ……っ!」
 震えながらつきせは拒絶した。
 だが実際、けいがから生まれる黒い影はゆっくりとだが確実に大きくなっている。
 それはますます、つきせの知る星の闇人の形をとりつつあった。
「……て……もうやめて下さい星使い様!!」
 これ以上は耐えられず、つきせは訴えた。
「だったら、おまえが楽にしてやればいい」
 そう、星使いが泣きじゃくって叫んだつきせの前に突き付けたのは、一振りの大鎌。
 ただ、それだけだった。
「これは偽りでも幻でもない。真実だ。お前はけいがを救いたいんだろう?」
 いつになく真剣で厳しい星使いの瞳が、訴える。
 これがつきせの、他の誰のものでもないつきせの仕事なのだと。
 つきせは星使いと差し出された大鎌をしばし見比べた。
 大鎌の刃がつきせの前でぎらついていた。
 それに対するように星の闇人と化しつつある影が一層大きく揺らめき、苦しげにけいががうめく。
 けいがを殺すのは嫌だった。
 けれどそうしなければけいがは星の闇人となってしまう。
 そしたら、けいがの唯一の願いまで消し去ってしまうことになる。
 それこそ、けいがに対する裏切りではないか。
 
 
「僕が、やらなきゃ…」
 
 
 震える手で、つきせはそれを受け取った。
 けいがは苦しみ、うめき続けていた。
 闇の影はますます広がりつつある。
 高く鎌を掲げる。
 きつく、目を閉じた。
 一気に鎌は振り降ろされる。
 辺りに涙が、散った。
 その時だった。
 つきせ―――!!
 頭の中にけいがのめいいっぱいの声が響いた。
 弾かれて天を見上げた。
 あ・り・が・と――――!
 けいがが満面の笑みを浮かべて笑っていた。
 キラキラと、その姿はかがやいていた。
 そこに、苦痛などは微塵も存在してはいなかった。
 それどころか、すべて満たされた。
 そんなけいがの笑顔。
 つきせの目に、再び涙があふれて止まらなくなる。
 けいががいつものようにつきせの泣き顔を見て泣き虫だとからかい、笑った。
 それさえも、つきせにはひどくうれしかった。
作品名:星の降る夜 作家名:日々夜