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テッカバ

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 私が心の中で思いつく限りの悪態をついている一方で、信楽さんは大人のスマイルを浮かべて対応していた。慣れているのだろう。
「それがそうも簡単に行かなくてですね。はっきりと死亡推定時刻が出るか分からんのですよ」
「どういうことだよ! あんたら警察はそんなことも満足にできないのか?」
「そうでは無くてですね……」
「“室温”……理由はこれでしょ?」
 突然ゼミ生三人が居る壁とは反対側、私と警部の背後から声がかかった。

 ああ、そういえばこの部屋にはもう一人……。
「居たんですか? 犯人さん」
「おかげさまでね!」
 例の謎の男だ。
 私の呼びかけに応じてくれた野次馬の野球部員たちに取り押さえられた彼は、縄跳び部が持ってきた競技用の硬いロープで椅子に縛り付けられている。縄跳び部なる部活の存在はまったく知らなかったが、同じ学び舎の仲間の結束が固いのは素晴らしいことだとちょっと感動した。
「何だね? “これ”は?」
 信楽警部も今男の存在に気づいたらしく、訝しげな顔で私に訊く。
「警部さん。一応“これ”も人間ですから指示代名詞はやめときましょうよ」
「あなただって言ってるでしょうが!」
 男が椅子に縛られたま叫ぶが聞こえない振りをした。
 謎の彼は警察の到着まで野次馬から、トマトやら卵やら絵具のチューブやらを、中世の処刑前みたいにぶつけられていろんな奇怪な色と匂いに包まれている。警部がモノ扱いするのも仕方あるまい。
「で、室温がどうしたって?」
「さっきからこの部屋は10℃なんていう冷蔵庫並みの寒さです。当然体の腐敗とか硬直とかの死後の反応も緩やかになりますから、こういう状態に置かれていた死体の死亡推定時刻はすごく幅が広くなっちゃうんですよ」
 ねー刑事さん。と媚びるように言う男。縄を解いてもらおうという算段らしい。
「うむ。まあ、その通りだ」
「ていうか早く死体を検死に回してクーラー切って下さいよ。現場保存も良いけど、自分凍え死んじまいます」
 わざとらしくクシャミをする男。卵がもろにかかった後ろ髪は、特徴の逆立ち具合が若干下がっている。
「誰が犯人の疑いがある奴の指示になんて従うもんですか!」
 思いっきり顔を近づけて睨んでやる。
 そして、ずっと考えていた疑問をゼロ距離でぶちかました。
「第一! あんた何者?」
作品名:テッカバ 作家名:閂九郎