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2:底抜けの明るさ と 念願の守備力



 1回裏、日我好の攻撃。バッターボックスに立つのは1番の寺井君。何かをやってくれそうな、そんなオーラをまとっている選手だ。

 実際のところ彼、寺井君はそれほど打に優れている選手ではない。彼よりヒットを打つことに長けている選手も、彼より走力の高い選手も、彼より選球眼のある選手もチーム内には存在している。また、キャッチャーという比較的負担の大きい守備位置であることを考えても、あまり1番打者は適任とは言えない。言い方は悪いかもしれないが、そんな先頭を切るのにふさわしくなさそうな寺井君が、なぜこの打順を務めているのか。それは彼の性格に秘密がある。
 彼は誰もが認めるほど明るく楽天的な少年で、とてもひょうきんな性格の持ち主なのだ。その証拠に、クラスメートもチームメイトも監督もコーチも、彼が落ち込んでいるのを見たことがないと、みんな口をそろえて証言をするくらいだ。
 そんな彼の明るさは、これまでの壮絶な練習に対しても遺憾なく発揮されてきた。厳しいとき、つらいとき、苦しいとき、いつも寺井君は率先して声を出してみんなを励まし、ときに奮い立たせてきた。寺井君のこの底抜けの明るさがあったからこそ、日我好の選手たちは厳しい練習を乗りこえることができ、今日という日を無事に迎えられているのである。

 今朝、監督がスタメンを発表した際、最初にいきなり寺井君の名前が呼ばれてもチームメイトは誰も驚かなかった。寺井君より自分のほうが能力があると心の中で自負している選手たちも、寺井君が1番バッターを担うことには何の疑問も抱かなかった。寺井君が先頭打者なら必ず何かをやってくれるはずだし、日我好の切り込み隊長を託すには最適な人選だ。それが、日我好ブラッドサックスの総意なのである。

 そのようにチームからの絶大な信頼を受ける寺井君は、バッターボックス内でバットをしっかりと短く持って構えている。その姿はどことなく自信に満ちあふれているように見え、能信ナインたちには彼が不気味な選手であるかのように映っていることだろう。

 マウンドに立つ能信の上野君は、球速も制球も高いレベルを誇る名投手だ。神経質そうに寺井君を観察しながら、キャッチャーの登坂君が出すサインを確認する。何の屈託もない目でボールを待つ寺井君とは対称的だ。

 やがて上野君の手から、第1球が放たれた。
「ボーッ」
内角に鋭く切り込んできた球を、寺井君は身をよじって避ける。初手から厳しい投球だ。

 2球目。
「ボールッ」
今度は外角に大きく外れる。ボールが2つ先行する形になったので、寺井君はバントの構えをして揺さぶりをかけていく。

 緊張からの3球目。
「ットライー」
今度は、真ん中やや低めにズバッと決まるいい球。これで2-1。寺井君は再びバントの構えで、上野君と能信の守備陣を揺さぶっていく。

 やや時間をおいてからの4球目。
「ストライーッ」
ストライクが取れて安心したのか、外角低めの打ちづらい球が美しくミットに収まる。ボール先行の状態から逆に追い詰められた寺井君は、仕方なくバントの構えを止め、通常のバッティングフォームに戻す。

 そして5球目。
「キン!」
内角高めの甘い球を逃さず寺井君はバットを振り抜いた。打球はピッチャー上野君の頭上をこえ、2塁後方でバウンドする。ピッチャー返しのお手本のような、きれいなセンター前ヒット。日我好は絶大な信頼を置くトップバッターが、理想的な形で出塁した。


 ノーアウトランナー1塁。バッターは2番の豊橋君。流し打ちに定評のある左バッターだ。

 上野君は、1塁に何度かけん制球を送った後、第1球を投げた。
「ボーッ」
盗塁を警戒したのか、送りバントを警戒したのか、単にコントロールが乱れたのか、ボールは高目に浮いてしまう。キャッチャーの登坂君がそのボールをどうにかキャッチしてランナーの動きを確かめる。1塁ランナーの寺井君は盗塁のそぶりすら見せず、1塁上にたたずんでいた。登坂君は歩いてマウンドに向かいながら、両手のひらを下にするジェスチャーを行いつつ、直接上野君にボールを手渡した。低めにボールを集めていこう、というメッセージなのだろう。

 能信のナインに緊張感が走る中、今度は上野君はけん制をせずに2球目を投げた。
「カキィン」
快音を響かせて、ボールはサードのはるか頭上をこえていく。レフトを守る糸屋君もこれは仕方がないとばかりに、1塁ランナーがサードを狙っていないのを確認しながらワンバウンドで捕球をする。豊橋君お得意の流し打ちがさく裂し、ノーアウト1、2塁とチャンスが広がった。

 日我好にとっては、ピンチの後のチャンス。能信にとっては、チャンスの後のピンチ、といった状況だろうか。

作品名:熱戦 作家名:六色塔