小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

熱戦

INDEX|2ページ/26ページ|

次のページ前のページ
 

1:自己犠牲の鬼 と 打たせて刺す



「プレーボーッ!」
主審の試合開始の合図が大きく響き渡る。投手の中本君が投球練習を終え、能信の1番バッター、富山君がバッターボックスに足を踏み入れた。

 日我好の先発、中本君はコントロールに定評があり、安定したピッチングが売りの左腕だ。それを迎え撃つ能信のトップバッター富山君は、小兵ながら俊足巧打で選球眼もいい上に左打ち。1番打者にうってつけの存在だ。

 中本君は落ち着いて足でプレートの感触を確かめながら踏みしめ、ゆっくりと振りかぶって第1球を投げた。
「ットライーク」
低めにズバンと決まる好球で幸先の良いスタートを切る。

 続く2球目。
「ボーッ」
やや高めに抜けた見せ球とも思われるボール球。

 3球目。
「ボッ」
際どかったが、これもやや外角低めに外れる。

 やはり試合の緊張からか、コントロールの良い中本君もボールが先行するピッチング。しかし、冷静にキャッチャー寺井君のサインを確認し、4球目を投球する。
「キンッ」
高めの球をファウルにさせ、2ストライクに追い込む。

 並行カウントからの第5球。
「ボール」
振ってくれればありがたい、という感じのこれまた外角よりの球。だが富山君は微動だにせず、これでフルカウント。中本君は歩いて一度マウンドを降り、捕手の寺井君とうなずき合いながらボールを受け取りマウンドに戻った。

 第6球。5球目と同じようなコース。これも微妙だったが惜しくも判定はボール。フォアボールとなる。

 日我好は、初回から厄介なランナーを背負うこととなった。


 1回表、ノーアウト1塁で能信の攻撃。2番バッターは藤井君。彼も富山君に勝るとも劣らない俊足だ。だが、それ以上に彼の恐ろしいところはそのバントにある。彼が2番手を務めるのも、バントのうまさを買われてのことだ。

 藤井君は、小学校でもかなりの変わり者で通っている。それというのも、彼は自分を犠牲にして何かを成し遂げる、ということにとてつもないロマンを感じる男子なのだ。
 例えば、戦国時代で好きな武将を挙げよう、なんて話になった場合を想定してほしい。恐らく大抵の人間が、信長、秀吉、家康といった3英傑や、軍略に優れた武田信玄、合戦に強い上杉謙信、もしくは地元の大名などを挙げたりするだろう。そんな中、藤井君は真顔で阿多 盛淳(あた もりあつ)と答えるのである。

 阿多 盛淳は今の鹿児島県を治めていた島津家の武将で、関ヶ原の合戦で退却をする際、主君である島津 義弘を無事に領地へ帰らせるために追手を食い止めて討死した将の一人である。もちろん素晴らしい武将であることは確かなのだが、知名度という意味では先に挙げた英傑たちよりはるかに劣ることは否めないだろう。だが、藤井君は周囲の「誰、そいつ?」という空気を無視してこの武将の功績を話し続けてしまうのだ。

 このエピソードだけでも十分わかる通り、藤井君は自らの生命をなげうってでも誰かのためになりたい、役に立ちたいという少し変わった願望の持ち主なのだ。そんな変わり者の彼にとって野球とのであいとは、すなわち犠牲バントとのであいにほかならなかった。自分を殺すことでランナーを生かし、次の強打者にチャンスを委ねる。もしくは自分を犠牲にすることで、何とかして1点をもぎ取る。これ以上に痛快なことはない。これは自分の天職だ、きっとそうに違いない。そう思った藤井君はチーム加入後、のめり込むようにバントの練習を重ねていく。かくしてここに、偉大なるバントの天才であり、文字通り死をもいとわない自己犠牲の鬼が誕生したのだった。

 藤井君はもう既定路線だとばかりに、右バッターボックスでしっかりとバントの構えをしてボールを待ち受けている。だが、送りバントとすぐさま断定してしまうのは早計だ。自らも生き残ろうとするセーフティバントや、盗塁のためにバントの構えをしている場合も考えられる。先頭打者をフォアボールにしたので、コントロールが定まっていないと考えて、揺さぶりをかけている可能性も捨てきれない。もちろんそれ以外の作戦だって否定できないのだ。

 中本君は何度かランナーのほうに目線を送りながら、サインを確認し第1球を投げた。
「コツン」
美しい音を立てて、ボールはホームベースの手前に転がる。捕手の寺井君が落ち着いてすぐさまボールをつかんだ。

「セカンッ!」
この時、中本君がセカンドへの送球を指示した。1塁ランナー富山君はスタートが遅かったらしく、まだ塁の中間にいる。だが、アウトにできるかどうかは微妙なところ。しかし寺井君は迷わず、指示通りにセカンドへとボールを投げた。寺井君が放ったボールは、2塁上で構えているセカンド豊橋君のグラブにものすごい速さで向かっていく。そこにランナーの富山君が、鋭く足からスライディングしてきた。

「セーフ!」
間一髪で走者が間に合い、2塁進塁に成功する。その間に、バッターの藤井君も1塁を悠々と駆け抜けていた。

 ノーアウト1、2塁。日我好は初回からピンチを迎えてしまった。だが、キャッチャー寺井君に指示のミスを謝る中本君の顔には、それほど動揺している様子はない。

 さて、能信にとっては初回から大きなチャンス。ここで3番、シュアなバッティングに定評があり一発も期待できる能信のキャプテン、登坂君がバッターボックスに入った。

作品名:熱戦 作家名:六色塔