熱戦
このイケイケの状況で打席に立ったのは7番、佐藤（優）君だったが、あえなくセカンドライナーに倒れた。ランナーは2人とも動けず、アウトカウントだけが1つ増えてワンナウトランナー2、3塁となる。
ここでバットを握るのは、アウトになった佐藤（優）君の双子の兄、佐藤（英）君だ。
佐藤（英）君は、弟の（優）君のチーム加入後、かなり日が経ってからチームに加入した。このあまり感情を表に出さず口数も少ない兄が「野球をやりたい」と言い出した理由は、彼らの両親もよく分かっていない。まあ、弟もやっているし、兄もやりたいならやればいい。彼らの両親はそう考え、2人を同じチームに所属させた。
兄の（英）君も弟に負けず劣らず優秀だったので、チームメイトは彼の加入を盛大に歓迎した。だがそんな（英）君の加入を喜んでいない者もいた。そう。双子の弟である（優）君である。
理由は先述の通り、弟である（優）君にとって、このチームが唯一の兄と比較をされずに済む場所だったのに、それを奪われてしまったからだ。
『兄ってもんは、貧乏くじを引くもんだ』
（英）君は、常日頃こういうふうに考えていた。弟の後でチームに入ったのは、真似だと思われても仕方がないし、双子の弟が自分の加入をよく思っていないのもわかっている。
（でも、なぁ……）
今しがたアウトとなり、ベンチに座る弟を見ながら兄は思う。何かにつけて比較をされる、それにうんざりするのはとてもよくわかる。だが、血を分けた存在ってのは、決して比較されるだけじゃないだろう。ときに助け合い、ときに知恵を出し合い、ときには反目し、ときに和解することで、お互いを高めていける貴重な存在なんじゃないか。
（英）君は幼少の頃に（優）君とキャッチボールをしたことを思い出していた。あの頃は無邪気に、楽しくボールを投げあっていたじゃないか。あの頃の俺たちを比較するやつなんて誰もいやしなかった。小学校に入って、野球チームに入って、少しばかり複雑な世界になっちまって、今はちょっと周りが見えなくなってるだけなんだ。またあの頃に戻って、比較とか勝ち負けとかマウントとかめんどくせえもんを全部を取っ払って、俺はおまえとまた無心にキャッチボールがしてえんだ。
つまり、（英）君は、自分と比較されたくないという弟と和解がしたくて、それだけのために嫌われるのを承知の上でチームに加入したのだ。
そのせいだろうか、彼を取り巻く状況はやっぱり良好とは言えなかった。弟の（優）君は相変わらず兄の自分を敵視してきて、球場でも家でも会話が大きく減った。彼がショートで自分がセンターであることを考えると、中継などの守備連携にもほころびが出かねない危うい状況。だが、それでも（英）君は決して音を上げたりはしなかった。
『兄ってもんは、貧乏くじを引くもんだ』
この言葉が（英）君の脳裏に、深く刻み込まれているからだった。
今、この瞬間も彼はこの言葉を胸にバッターボックスでバットを構えている。ここで結果を出しても、せいぜい弟の尻拭いと言われるだけだろう。肝心の弟も恐らくは良い顔をしないだろう。雪どけは、まだまだ遠く険しい。
（……わかったよ。いくらでも、貧乏くじを引いてやろうじゃないか！）
（英）君はそんな決意を胸に、投球を待ち続けていた。
1球目。
「ボーッ」
ショートバウンドした球を見送った。
続く2球目。
「キィン！」
高めに甘く入った球を、（英）君は詰まり気味に打ち返す。打球はライナー性で1、2塁間を飛んでいき、またもライトを守る本山君の手前にポトリと落ちた。
だが、今回は村山君の時とは状況が異なっていた。ライトを守る本山君は、今度はちゃんとボールを意識していた。彼は素早くボールを拾い、全力でホームへと送球する。3塁ランナー山田君は生還したが、この好返球もあって2塁ランナーの村山君は、3塁にとどまらざるを得なかった。
しかし、なにはともあれ佐藤（英）君のライト前タイムリーが飛び出し、スコアは1点差に縮まった。
駆け抜けた1塁に戻りながら、（英）君はベンチに座る弟の顔を盗み見た。案の定、目を伏せて面白くなさそうな顔をしている。
（まだだ。まだまだ、貧乏くじを引いてやる！ いつか、わかりあえるその時までな！）
（英）君は1塁をしっかりと踏みしめて、決意を新たにした。
追いつけ追い越せ状態の日我好は、続く9番の神楽坂君がフォアボールを選び、1アウト満塁とチャンスを広げた。しかし、1番の寺井君がダブルプレーに倒れ、追加点は1点のみにとどまった。