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 ランナーがいなくなり、アウトカウントも2。能信ベンチの大半のメンバーが「この回は1点止まりか」と考えていた。しかし、その中で一人だけ考えの違う男がいた。次のバッター、8番の糸屋君だ。

 彼は今でこそ8番を打ちレフトを守る目立たない選手だが、チームに加わりたての頃は、監督やコーチから能信を背負う期待の大物選手だと思われていた。だが、糸屋君はそんな周囲の期待をよそに、特に可もなく不可もない平凡な選手になった。監督やコーチにとってはいささか残念な結果になってしまったわけだが、これにはちゃんと理由が存在する。糸屋君が大きく成長をしなかったのは、彼のその性格に起因するところが大きいのだ。

 実はこの糸屋君、両親も手を焼くほどの天邪鬼なのだ。周囲が期待をすればそれを裏切りたくなるし、反対に期待をされなければいい結果を出してくる。勉強でも運動でもゲームでもなんでも、そんなふうに物事をこなしてしまう。それ故に、周りは彼を最終的に平均程度のありきたりな人間だと錯覚してしまうのだ。
 糸屋君はそうやって、周囲の思惑を器用に裏切り続けてきた。だが、性格のほうも天邪鬼というわけではない。人当たりはいたっていいし、友人もちゃんといる。だが、順位をつけられるとか、勝負事とか、自分が試されているとかいう状況になると、彼は周囲の思惑にはまるのはまっぴらゴメンだとばかりに頑張ったり、手を抜いたりして、自分をうまく調整し始めるのだ。

 糸屋君このように難しい男子なので、彼の野球の実力は監督やコーチも測りきれていない。レギュラーを外そうかと思えば、ファインプレーやナイスバッティングを繰り出すし、それならばと重用すれば、致命的なエラーや全打席三振という成績を残してくる。その結果、ぎりぎりレギュラーに引っかかるレフトの8番打者という位置にどうにか収まっているのだ。

 この回の攻撃、先述のように監督、コーチ、チームメイト、能信ウォークライズの誰しもが1点止まりだろうなと考えている。むしろ、1点を取って再びリードができた、それだけで上出来だと考えている。今、糸屋君に求められている役割は、塁に出ることで次の回の攻撃を1番からの打順にすること。その程度の仕事をしてくれればありがたい、その程度に思っているはず。
 そんな空気、思惑を間違いなく察している糸屋君は、ゆっくりとバッターボックスの土を足でならして自軍のベンチへ目線を送る。監督も好きにしていいよとばかりに、彼に対して特にサインは出さない。それを確認した糸屋君は、これまたゆっくりとバットを構えてボールを待ち受ける。その構えには心に宿る普段とは違う気合いなどは欠片も見えてこない。

 投手の中本君や日我好の守備陣はもちろん、味方である能信のベンチですら、糸屋君の心にひそむ天邪鬼という妖怪変化には気が付いていなかった。

 そんな彼に対し、いつもと変わらぬ調子で投じられた第1球。
「ボッ」
大きく外れてボール。

 続く2球目。
「ボッ」
またもボール。

 そして3球目。内角低めの速い球。とりあえず1ストライクは取れた、投げた中本君も捕る寺井君もそう思ったはずだった。
「カキン!」
その難しい球を糸屋君は難なく弾き返す。きれいな流し打ちの形になって、打球はライト線ぎりぎりを鋭く飛んでいく。

(切れろ!)
打たれた中本君は振り返り、祈るような気持ちで打球の行方を目で追う。中本くんの願いも虚しく、ボールはライト線内側の大地に突き刺さった。

「フェア!」
審判が叫ぶ。糸屋君は全速力で1塁を回り、貪欲に塁を侵食していく。ライトの神楽坂君が懸命にボールを追うが、バウンドしたボールは無情にもファウルグラウンドの駐車場へどんどん逃げるように転がっていく。どうにか追いついた神楽坂君が内野に返球するも、カバーが嫌いでバッティング練習ばかりしていたファースト山田君がその捕球にもたついてボールをこぼしてしまう。そのすきに糸屋君はホームベースに滑り込んだ。


 続く9番打者の上野君は3振に倒れたが、能信はライトへの2本の本塁打で再び2点差とした。


作品名:熱戦 作家名:六色塔