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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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 私はうなずきながら玄関に足を踏み入れた。高校時代までは、これが普通の光景だったし、当たり前だった。玄関で靴を揃えていると、お母さんは感心したように腕組みをしてうなずいた。
「大人の仕草だねー」
「大人だもん」
 私はそう言って廊下に上がり、今の実家を記憶と照合した。思い出より広かったり狭かったり、そういう新鮮な感じは特にない。ただ、おばあちゃんの姿が見当たらない。
「おばあちゃんは?」
「デイサービス。もうすぐ帰ってくるよ」
 お母さんが苦笑いを浮かべながら言い、私が二階へ上がる階段を見上げていると、トイレから出てきたお父さんが眼鏡をずり上げながら言った。
「おかえり」
「お父さん、ただいま」
 私はそう言うと、高校時代と同じように二階へ上がった。階段はそれなりに急で、下りるときは怖い。二階には二部屋あって、小さいころは狭い方の部屋にいたけど、プライバシーを重視し始めた小学校四年生ぐらいから、広い方の部屋に家庭内引っ越しをした。問題は、広い部屋は黒沢家に面していて、窓を開けると蔦だらけの窓と対面するということだった。何度か窓を開けたことはあるけど、電気が点いているのは見たことがない。
 黒沢家は三人家族で、確か、父、母、息子という構成だった。うちはそれぞれ『フランケン、蜘蛛女、ねずみ小僧』と呼んでいたっけ。とにかく、何をしているのか正体不明の三人で、ねずみ小僧は私より三歳年上だったけど背が低くて、昔は頑張って挨拶をしていたけど毎回無視された。正也みたいな名前があったと思うけど、挨拶してくれないと私が愚痴った日から、食卓での呼び名は『ねずみ小僧』に決まった。そんな感じで中町家は基本的に、口が悪い。私はそれをできるだけ隠して社会人になったけど、飲み会とかで遺伝子が顔を出すときは今でもある。
 私の部屋は綺麗に掃除されていて、埃を被りそうなところはシートを被せてくれていた跡があった。鞄を置いて部屋を見回すと、こっちは家の印象と違って、随分手狭に感じる。今の自分なら絶対に置かないような場所に本が積んであるし、デスクランプの位置もめちゃくちゃ低い。
「久々だなあ」
 思わず呟いて、私はベッドに腰を下ろした。みんな空白の年数分、しっかり年を取っている。でも、おばあちゃんはデイサービスの行き来ができるんだし、想像していたより悪くないのかもしれない。机の引き出しを開けると、証拠品のようにジップロックへ入れられたプリクラが出てきて、先頭の一枚は最初の彼氏と真顔の私だった。お互い十五歳で、交際期間は二カ月。バスケ部のエースで、とんでもなく活動的な人だったけど、部活帰りに自転車を重そうに押す姿を見てから少し冷めて、自然消滅した。名前はプリクラによると『タカ』。タカヒロなのか、タカユキなのか、もう思い出せない。でも、功績はある。タカは、黒沢家のねずみ小僧がそれとなく私を尾行していることに気づいた。
『あいつ、友達なの?』
 そのときの声は覚えているし、顔や景色もフルカラーだ。十年近く前なのに、自分の返事すら覚えている。
『いーや、ワチャコですら敵だよ』
 ねずみ小僧というあだ名は中町家の名誉を守るために言わなかったけど、猫の敵だからぴったりくるし、今思い返せば、そういう意地悪な部分も共有できたらよかった。
 脱出癖のあるワチャコは、中町家の飼い猫らしく、外面はすこぶる悪いタイプだった。タカと付き合うことになる半年ぐらい目、私が開けっぱなしにしていた窓から出て、よりによって偶然開いていた隣り合わせの窓から黒沢家に忍び込んだ。自分で入っておきながら住人を威嚇したらしく、ちょうど買い物を終えて家に帰ってきた私は、黒沢家の中でドタバタ足音が聞こえることに気づいて、その原因がワチャコだということをすぐに悟った。そして、窓を閉め忘れたことも思い出した。
 蔦だらけの玄関から出てきた長男が追い立てるように鞄を振り回すのが見えて、私は割りと素直に謝った。『ごめんなさい、窓を閉め忘れていました』と。深々と頭を下げてから屈みこんでワチャコを抱え上げたとき、スニーカーが顏の前を横切った。猫ごと蹴られそうになったことに気づいたのは、家に帰ってからだった。自分が窓を開けていたのが悪いから、酷いことをされたとは思わなかった。ただ、記憶にはしっかり残っているし、タカにもその話をした。足が短くて助かったと。
『とんでもない奴だな。しかも、隣人なのかよ』
 そう、隣人なんだよ。中町家じゃなかったら、引っ越してたかもね。私はベッドの上で足をぶらぶらさせながら、タカの記憶に語りかけた。空気すら、思い出せる。空はオレンジ色と紫色で真っ二つに割れていて、夕立の跡があちこちに水たまりになって残っていた。タカも、そこで記憶が終わっていたら良かったのだけど。疲れた顔に冷めて別れ話をして、その存在すら忘れて二年ぐらい経ったとき、家の近くを何度も行ったり来たりしているのを見て、私は即座に警察に通報した。そのときはちょうど一階にいたけど、窓越しに目が合った気がしたのだ。自転車に乗った警察官二人が現れたときにはいなくなっていたし、タカがあんなことをしたのは、その一回きりだったけど。
 黒沢家の『ねずみ小僧』による顔面蹴り未遂事件はワチャコにも爪跡を残したらしく、その頃から機嫌の振れ幅が大きくなり、爪研ぎも激しくなった。あのガリゴリ音は懐かしいけど、今そのベッドの上に座っていても、ワチャコがいない寂しさは不思議と感じない。そもそもシンプルな懐かしさを感じると思っていた私の認識が、甘かったのかもしれない。懐かしむために、充分長い時間蓋を閉めていたはずだけど、開けたらまだ普通に色々と動いていたし。
 スマートフォンで同期のSNSグループをチェックしていると、家の前で車が停まる音がして、私は一階に下りた。お母さんが小走りで廊下を駆けてドアを開けると、デイサービスの職員さんに頭を下げた。私はその名札を読み取ってから、お母さんと同じように頭を下げた。
「こんばんは」
 月島デイサービスのロゴが書かれたブルーのシャツを着る大森さんは、長年その道に身を置いてきたということが、表情で分かる。完全に仕事モードじゃないし、完全に心を開いてもいない。でも、この人相手なら安心して何でも話してしまいそうだ。じっと見すぎて、大森さんは気圧されたように顔を引きながら愛想笑いを浮かべた。
「あら、娘さん? 京佳さん、でしたっけ? 合ってる?」
「そうです、帰省してます。はじめまして」
 私が言うと、大森さんは後部座席のスライドドアを開きながら歯を見せて微笑んだ。
「はじめまして、大森です」
 どうやら、私が中町家の娘だということは、世間話の一つとして消費されているらしい。ロクに家に帰らなかったけど、その火を消さないでいてくれたのは、正直有り難かった。お母さんは私の方を一度見ると、ドアを開き切った大森さんの肩をぽんぽんと叩きながら言った。
「ずっといてくださいね、ほんと頼りになるから」
「ありがとうございます、できるだけ居られるように頑張ります」
 大森さんは愛想笑いで応じて、車内に手を伸ばした。
「降りますよー」
「はあーい」
作品名:Static 作家名:オオサカタロウ