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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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 どうでもよくなるまでに、随分時間がかかった。
 明朝体で『中町』と彫り込まれた表札に、優しいけどどこか影があった両親、笑うときだけ快活だったおばあちゃん、私とおばあちゃん以外には一切懐かなかった飼い猫のワチャコ。そして、最も近い場所にいながら、少しずつ疎遠になっていった長女にして一人娘。それが私。同じ屋根の下にいても、無理に距離感を詰めるような『キョウちゃん』という呼び名が苦手だった。『京佳』と名前で呼んでくれたのは、結局おばあちゃんだけ。どこかピリッとしていて、お母さんは本当にこの人の娘なのかなって、よく思った。そんなお母さんのどこか達観したような人生のアドバイスは、ただ一つだけ。
『そんな年で、先々のことまで考えないでいいのよ』
 お母さんは学校の先生で、私を生徒の一人みたいに扱った。私との会話は全てが授業で、進路指導。お父さんは出張族に徹していたから、あまり家で顔を見たことがない。それでも、数カ月に一度、両親とおばあちゃん、そして私とワチャコが勢揃いする食卓が好きだった。おばあちゃんが入院していたりワチャコがプチ家出中だったり、何かが一つ足りない状態の方が多かった気もするけど。
 そんな中で気になりだしたのは、この先自分はどうなるのだろう、ということだった。お母さんが心配しないでいいと言えば言うほど、その不安は存在感を増した。それが最高潮に達したのは小学校六年生のときで、文集に残した将来の夢は『就職』。友達は皆『どこに?』と笑いながら聞いてきたけど、私としてはどうでもよかった。とにかく何に対しても、早目に『こんなもんだよね』という感覚を得ておきたいという、それだけの理由だったと思う。十五歳のときにできた彼氏だけじゃなく、C判定なのを押し通して合格した大学受験や、かなり背伸びして内定を勝ち取った就職活動も含め、人生に関わるイベントは全てそのマインドで捌いてきた。今思い返せば、保険を掛けるように少しずつ味見をしてきた副作用か、本番はいつも若干飽きが来た状態で迎えていたように思う。
 とにかくそうやって、素直に喜ぶためのゴール設定を若干ミスってきた。
 そして、就職して一カ月が経った今、十二歳のときからずっと大事に抱えてきた目標を達成してしまって、いい意味で全てがどうでもよくなっている。私は、給料日を起点に続く社会人のレールに上手く乗ったのだ。まだ寄り道も多いけど、自分の力で暮らして全てのサイクルを完結させている。配属先は希望していたのと違うけど、少なくとも働く場所はあるし、そもそも希望はただの願掛けだ。全知全能の神みたいな古株の上司に怒られたり、体育会系の飲み会に引っ張り回されている同期を見ていると、上下関係が緩めな部署に配属されただけでそれ以上の贅沢は言えない気がする。
 レールに乗って安心したら今度は入れ違いに、子供だった頃の自分がいかに恵まれた環境にいたか、気づかされた。拒絶と感謝のサイクルがあるのは理解できるけど、ここまで極端でなくてもバチは当たらないのではないかと思う。就職して二週間で引っ越すと言ったとき、総務課の人は私が目の前にいるのに課員同士で顔を見合わせた。
『実家の近くに行きたいんです』
 その場にいた全員が『その辺、しっかりしてそうなのに』と無言で呟いていたと思う。就職前に引っ越しを済ませておかないなんて、人事から聞いた印象と随分違うと思ったんだろう。でも、思いついたら最後、縁もゆかりもない今のアパートには違和感しかなくなった。少なくとも配属前に定期券を買う前の時点で気づけたのは、自分を褒めてあげたい。
 高校に行くために乗っていた電車も含めて町の景色は相変わらずで、年号が今年に変わったぐらい。しかし、家の中は違う。おばあちゃんは、私が高校に上がる頃には少しずつボケ始めていて、お母さんは嘆いていたけど、その忘れっぽさはどこか可愛くて私は好きだった。そんなおばあちゃんの口癖は『おあいそなしで』。客人が帰るときに使う言葉らしく、本人は『もう来るなよ』という意味を込めて使っていて、しばらく私の中で流行った。しかし、数行のメッセージでお母さんから伝わってくる現状は、正直あまり良くない。カメラに鉛筆画に、色んな趣味があってテキパキしていたのに、本当に人間ってどうなるか分からない。
 ワチャコは、私が大学生になって下宿を始めた年にふらりと消えた。元々野良猫だったから自分が死ぬ姿を見せることはないだろうと思っていたし、その去り方は正直かっこいいとすら思った。大学に入るまでの人生で、ほとんどの時間、私かおばあちゃんの傍にいた。変に構ったり、干渉しなかったからかもしれない。少なくとも私は、ワチャコに自分から触れた記憶がない。猫は可愛いけれど、自分の中ではいつまでも不思議な生き物のままだった。学校から帰ると大抵は私の部屋にいて、憂さ晴らしをするようにベッドの下で爪を研いでいた。フローリングはぼろぼろになっていたけど、私は特に気にすることもなく、好きにさせていた。眠れない夜はワチャコも同じだったのか、ガリゴリとデリカシーのかけらもない音がベッドの下から聞こえてきたっけ。私はよく、ベッドの上で足を片方だけ下ろしてぶらつかせていた。ガリゴリに飽きたら音が止まり、気まぐれに足を押し返される。その感覚を楽しみながら、自分の世界に浸っていた。仲間というか、特に何も起きていなかったけど戦友というか。
 そんなわけで、家で健在なのは本部長まで昇進したお父さんと、先日学校関係のイベントで表彰されたお母さんの二人。それでも、これからはちょくちょく顔を出そうと思う。最寄り駅から十分程度の住宅街。どの家も似通っていて、伝言ゲームをしながら隣の家を真似て建てたようだ。中町家も例外じゃなく、隣と区別がつく要素といえば、軒先に停められた黄色い自転車と表札ぐらい。
 そして伝言ゲームは、左隣の家には伝わらなかったらしい。
 黒沢家、通称『クロスケ』。持ち主を阻むような雑草が玄関の両脇に生えていて、外壁は雨の跡が残っている。四輪ともパンクした軽自動車は私が高校生の頃にナンバープレートが外され、シルバーだったはずだけどいつしか艶が完全に消えてグレーになった。
 今となっては、クロスケも含めて懐かしい。てか、まだあるんだな。
 私は夕焼けに照らされる黒沢家を見上げた。蔦や雑草は迫力を増していて、壁は中町家すれすれに面している。引っ越しが完了したから、その報告も兼ねて今週末は実家に泊まる。おばあちゃんの顔も久々に見るし、お父さんとお母さんも揃っている。色々と綻びはあるけど、まあ普通の家だ。私は呼び鈴を押して、さっきまでメッセージでやり取りしていた画面に視線を落とした。『もうすぐ着く』と言ったのだから、構えてくれているとは思う。
 最後に帰ったのは大学に入った年だったから、四年近く空いている。その空白に対する罪悪感もあって、玄関で立ち尽くしている今の状態は、訪問販売に来たみたいで落ち着かない。やがて廊下を小走りで移動する足音が聞こえてきて、ドアが開いた。
「京佳」
 私はもう、キョウちゃんではなかった。笑顔を作ると、お母さんは記憶の通りに笑顔で応じて、ドアを大きく開いた。
「早く入って、疲れたでしょ」
作品名:Static 作家名:オオサカタロウ