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「猫」

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19



「何何?」
「また一段(いちだん)と痩(や)せたんじゃないの?」

実家に到着する也(なり)
母親に詰(つ)め寄られ少女は多少 所(どころ)か可也(かなり)、苛(いら)つく

「ちゃんと食べてるの?」
「ちゃんと料理してるの?」

「ちゃんと」
「ちゃんと」耳に胼胝(タコ)ができる程(ほど)、だ

「お母さんこそ、また一段(いちだん)と…」

口を滑(すべ)りそうになるも
其(そ)れこそ見え見えの素知(そし)らぬ素振(そぶ)りで言葉を切る

当然、続く言葉を察(さっ)した母親が口を尖(とが)らす

「何何?!」
「お母さんだって昔は痩(や)せてたのよ?!」

然(そ)うだろう
然(そ)うだろう

今や其(そ)の膨(ふく)やかな指に入らなくなった
「婚約指輪」も「結婚指輪」も見事、箪笥(タンス)の肥(こ)やしと化しているが

時折(ときおり)、引っ張り出す母親が
何とも言えない表情で眺め続ける場面を見掛けた事もある

其(そ)れでも

此(こ)の上なく儚(はかな)げに
此(こ)の上なく優しげに微笑みを浮かべていた

「お母さん、ありがとう」

「え?」

突拍子(とっぴょうし)もなく感謝の言葉を述(の)べる
目の前の少女に母親は此(こ)れ以上ない程(ほど)、顔を顰(しか)めた

当たり前だ
当の本人でさえ、らしくない自分の行動に
若干(じゃっかん)の恥ずかしさは否(いな)めないが後悔はしたくない

其(そ)の思いで最後 迄(まで)、言い切る

「私を産んでくれて」
「私を命懸けで産んでくれて、ありがとう」

「娘」の言葉に母親は目が「点」になる
「点」になった目がうるる、と潤(うる)んだ瞬間、叫ぶ

「!!気色悪い!!」

言うに事 欠(か)いて

思うも仕方がない
嘸(さぞ)や可愛げのない娘、孫だったのだから仕方がない

日頃の行(おこな)いを省(かえり)みて乾いた笑いを零(こぼ)す少女が
自分に丸めた背中を向けたままの母親に話し掛(か)ける

「私、帰ってくるかも」

「え?」

うるる、が引っ込んだのか
目尻を押さえながらも振り返る母親が「娘」をまじまじと見て聞き返す

「嘘?」
「何何?、本当?」

「嫌(や)だ、「きた」君とは相談したの?!」

「きた」とは少年の事だ

「何で?」
「何で彼奴(あいつ)に相談する必要があるの?」

良い機会だ

此処(ここ)ぞとばかり
母親二人の「妄想話」を質(ただ)してやろう
と、躙(にじ)り寄るも是又(これまた)、続く展開を察(さっ)した
母親が「お仕舞(しま)い」を告げるように手を打ち廊下を引き返して行く

鈍感なのか
敏感なのか分からない

父親の「不倫」位(くらい)
見抜(みぬ)けそうな感もあるが、と考えて
母親の後ろ姿を見入(みい)る

若(も)しかしたら
若(も)しかしたら

不意(ふい)に母親が呼び掛ける

「お父さん!」
「お父さん「みなみ」ね、帰って来るって!」

「みなみ」とは自分の事だ

「お父さん何処(どこ)?、縁側(えんがわ)?」

廊下の角を曲がり
遠のく母親の立てる足音を聞きながら溜息(ためいき)を吐(つ)く

結局、母親は父親を許した

母親を迎えに
自分を迎えに
此(こ)の玄関 土間(どま)、土下座(どげざ)をする父親を許した

もっと語るなら

都会の会社を辞めて
右も左も分からない(義父母の)農業を継(つ)ぐ為(ため)
祖父母に、隣近所(農家仲間)に頭を下げて教えを乞(こ)う

此(こ)の「片田舎」で
家族と共に生きて行きたいと懇願(こんがん)する父親を許した

一部始終を目撃した隣近所に
父親の「愚行(ぐこう)」を知られたのはご愛嬌(あいきょう)だ

子どもの自分はいい
子どもの自分は如何(どう)でもいい

許すとか
許すまじとか、自分には関係ない事だ

唯(ただ)、少しだけ「父親(空気扱い)」の存在を認めようとは思う

然(そ)うして上がり框(がまち)に腰掛け
深靴(ブーツ)を脱ごうと手を伸ばす少女が不図(ふと)、屋外の物音に気付く

思い当たる節(ふし)があるのか
溜息 交(ま)じり玄関 引戸(ひきど)を引き開ければ
蹲(しゃが)み込む少年の姿があった

確かに一緒に
確かに一緒に帰って来たが
駅前の商店街、鉢合(はちあ)う(元)同級生 等(ら)に捕(つか)まる
少年を余所(よそ)に自分は早早、其(そ)の場を後にした

何処(どこ)も彼処(かしこ)も生活圏内だ
「片田舎」の遭遇(そうぐう)率は別段(べつだん)、高い

(元)同級生の一人が「!「空(カラ)オケ」に行こー!」
と、誘っていた筈(はず)だったが

件(くだん)の少年は手にした木の枝を鉛筆代わりに
地面の画用紙に「へのへのもへじ」を描(か)いていた

「何、してるの?」

一応、訊(たず)ねるも安定の無視(スルー)

「棒が一本あったとさ」

口遊(くちず)む少女が
其(そ)の傍(かたわ)らに蹲(しゃが)み込む

「へのへのもへじ」を手の平で消す少年が一本線を描(か)く

「葉っぱかな?」
「葉っぱじゃないよ、カエルだよ」

「カエルじゃないよ、アヒルだよ」

「六月六日に雨がザアザア降ってきて」
「三角定規にヒビ入(い)って」

木の枝を止める事なく
流れるように描(か)いていく少年が遂(つい)に「歌」を追い越す

慌てる少女が「早い早い」と笑う

「あんぱん二つ、豆三つ」
「コッペパン二つ、くださいな」

「あっという間に「かわいい、コックさん」」

完成した「かわいい、コックさん」に視線を落とす
少年が吐(は)き捨てる

「有り得ねえ」

「何が?」とは聞き返さない

「猫」のような(笑)少年の事だ
自分と母親の会話を何時(いつ)から聞いていたのかは分からない
だが、此(こ)れだけは確実に言える

「猫」相手に隠し事は出来ない

少年が「有り得ねえ」と言うのは
全(まった)く以(もっ)て其(そ)の通りだ

少女の後を追って上京すれば
肝心(かんじん)の少女が下向(げこう)とは洒落(しゃれ)にもならない

成り行き少年は此(こ)の「片田舎」を四年間、離れる事になった

項垂(うなだ)れたまま
ぴくりともしない少年と肩を並べる少女が申し訳なくも提案する

「会いに行く」
「貴方(あんた)に会いに行く」

遠いのかな?
近いのかな?

其(そ)れは屹度(きっと)、気分次第だよ

だから
貴方(あんた)に会いに行くよ
雉猫(キジトラ)に会いに行くよ

「其(そ)れじゃあ、駄目?」

迷う事なく
項垂(うなだ)れたままの少年が頭を振った

「毎週末、な」

「え?、無理」
「電車賃だって掛かるし、お金だってないし」

途端(とたん)、後頭部を掻(か)き上げる少年

其(そ)れでも
垂(た)れた前髪の隙間から覗(のぞ)いた
目と目が合った瞬間、笑う

其(そ)れは滅多(めった)に御目に掛かれない
「笑う猫」に良く似た、微笑み

「仕方ねえなあ」

譲歩(じょうほ)する少年に少女は「サーセン」と頭を下(さ)げる

然(そ)うして愛(あい)くるしい声に振り返れば
野良猫の「三毛(みけ)」が三匹の子猫を連れ立って本家「笑う猫」宜(よろ)しく
作品名:「猫」 作家名:七星瓢虫