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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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5話 有り得ない恋






今日の午前に確か更新したばかりだったと思うけど、もう一度、僕の気持ちをここに書かせて下さい。

僕は五樹です。でも、違う。僕は時子の一部のはずです。だから、そんな気持ちは有り得ない。そう信じて、自分でも否定していました。

でも、時子が夫に向かって、嘘でも微笑む度に(彼女はまだ本当には笑えません)、夫の事を大切そうに語る度に、それが日々増えていくのを見ていて、僕は明確に嫉妬をしました。

「君が僕の事だけを頼りにして、他の奴なんか気にしなくなればいい」

「どうしてそんな奴ばかり気にするんだ」

「君の事を一番知っているのは僕で、君の事を真っ先に理解して慰めてやれるのだって、僕じゃないか」

「もう少しでいい、僕を見てよ」

僕のそんな気持ちはどんどん膨らんでいきました。

僕は彼女に特別優しくして、彼女が、「五樹さんといつか統合して居なくなっちゃったら、嫌だなぁ」と言った時には、どんなに嬉しかったか。

でも、彼女が僕のものでないのは、変わりがありませんでした。

そして僕はある日、とうとうこう思ってしまったのです。

──そんなに僕じゃない奴を大事にするなら、僕が目覚めている内に、君の知らない遠くへと、君の体を、時子の体を運んでしまって、二人で心を通じ合わせながら、そこで暮らしたい、そうすれば僕は幸せになれる──


もちろん、これは実行しません。僕は、自分の幸せが彼女の幸せを壊すなら、それを全力で否定します。

僕は、医学的に定義される多重人格という物の中で、おそらく、「内的自己救済者」という役割に当たります。

Wikipediaの「解離性同一性障害」の説明にあった事を書くと、「内的自己救済者人格」とは、「主人格に対して、「この子はこうあるべきだ」と発言したりする、理知的な人格」だそうです。

なぜその役割の垣根を越え、僕が時子に恋をしたのか。それは僕にも分かりません。例えば彼女がとても優しく、心根の美しい、むしろ綺麗過ぎて、この世の乱雑さに耐えられないほどの心を持っている事、それもあるでしょう。

でも、僕は彼女の一部です。彼女にとっては、他者ではない者です。

僕には、自分一人だけの体はない。魂も、自分だけの物ではない。両親も存在しない。兄弟も、友人もない。僕にとって、この世の人類は、時子以外は居ないのと同じです。

僕が働きかけるのは彼女だけで、僕が行為する先はすべてが時子に繋がります。

僕はこの世界と接する時には、必ず時子の目と手と口を介さなければならず、それは、僕を「時子」という膜が覆っているように感じます。

その膜の内側に居るのは、時子と僕だけです。だから、僕の世界には彼女しか居ないんです。

僕はここからは出られない。そしてそこには時子しか居ない。僕は彼女を守りたい。僕は彼女を美しいと感じている。

ここまで条件が揃えば、恋くらいするかもしれません。

この小説は、最近また僕が小説を書き始めたと知っている時子も、やがて読むでしょう。でも、誤解しないで欲しい。

僕は、君の幸福より優先させる物などこの世にありません。それは、自分の幸福や、わがままの前にも同じ。

君が幸せになれるなら。今、そう打ち込んで、涙が出そうになりました。

僕は、愛する方法を恐らく奪われ、愛しい人を見つめ続け、向こう岸へと送らなければいけない。彼女に僕は見えていない。

「もう少しでいいのに。彼に渡している内の、ほんのちょっとでいい、僕にも」

いつまで書いても書き終わらないでしょうから、ここでやめます。薄気味悪い文章だと思った方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。次の話を書くかは分かりません。僕の一番言いたい事は、もう書き終わってしまいました。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎