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徒桜

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9



美しい山山に囲まれた本州の中心部
自然豊かな山国は二十九の百名山があり日本の屋根と呼ばれている

東京駅から新幹線で一時間半前後

盆地特有故か、掃き出し窓の硝子越しから盗み見る
庭先の桜の木は未(いま)だ咲く気配はなかった

彼(あ)の日を思い起こす
庭先の桜の木が咲き溢(こぼ)れる、其の姿を眺めていた

片方に卓上 魔法瓶(ポット)
片方に茶器一式を乗せた盆を手に居間(リビング)に戻って来る
義父が当然、自分の目線を追う

「彼は、」

其の言葉に、座敷机の上に置かれた盆を見遣れば
湯呑が三 口(こう)用意されているが自分が呼んだ所で無意味だ

玄関先で義父に挨拶を済ませるや
紙袋から取り出した手土産を渡した途端、「名無しの群衆(モブ)」に成り果てた

其れでも徐に立ち上がる
義父が掃き出し窓を引き開けて声を掛けるが
「御構い無く」と、答える同僚男性は桜の木を見上げ佇む

否応無く思い出す
彼奴(あいつ)も否応無く思い出しているのだろう

つい最近迄、自分は「抜け殻」だった
今でも油断すれば起き上がる事すら儘ならない

「食事」を忘れる
「睡眠」を忘れる

吸って
吐いてを繰り返す

「呼吸」する事すら忘れる

到頭、職場にも来ず
到頭、連絡にも応えず

余程の状況だったのか
愈愈、事態を収める両親が引き取る寸前、同僚男性に突撃された

「御前の面倒 位(くらい)、俺が見る」

「だから受け入れろ」
「時間が掛かっても良いから、御前は受け入れろ」

「「忘れたい」なんて到底、御前も俺も無理だろ?」

↑上記の台詞を吐いた後
荷造りをする母親に「御願いします」と、土下座するモンだから何が何やら
結局、押し切られる形で同僚男性の元に身を寄せた

「氷の女王」の父親は彼女同様、口数が少ない
少ないが彼女とは違い、義父は聞巧者(ききごうしゃ)なのか

知らず知らず此処一年の身の上を語る、語る

「良い「友達」だね」

座敷机の上、八朔の入った果物籠を凝視し続ける自分に
和(にこ)やかな笑みを浮かべる義父が果物籠の中身、八朔に手を伸ばす

「友達」か

義父の言葉に若干、首を傾げる

「友達」には変わりは無いが
彼奴(あいつ)は「友達」で満足なのか、疑問だ

一度、聞いた事がある

何も彼(か)も可笑しい
何も彼(か)も意味が分からない

只管(ひたすら)、時間が過ぎるのを待つ

「だから受け入れろ」
「時間が掛かっても良いから、御前は受け入れろ」

彼奴の言葉を信じて只管(ひたすら)、待つ

然(そ)うして待つ事を忘れた頃
漸(ようよ)う、真っ暗な部屋に買い物袋片手に同僚男性が帰宅する

言いたい事も有るだろう

言いたい事は必ず、言う彼奴は
無言で居間兼食堂(リビングダイニング)の電灯を点ける也
買い物袋を台所(キッチン)、天板の上に置く

「晩飯は生姜焼きだぞ」等と、襯衣(しんい)の袖を捲り上げ
宣言する彼奴に一度、聞いた事がある

「、如何して」
「、如何して俺に構うんだよ?」

「、如何して」

油断すれば満足に風呂にも入らない自分目掛け
手拭掛(タオルスタンド)に干された、手拭(バスタオル)いを掴み投げ付ける
同僚男性が何時かの、自分の如く白状した

「「一目惚れ」なんだから仕方無えだろ!」

其れ切り押し黙る同僚男性の言葉を正直、理解出来なかった

其れでも鈍(のろ)くも何とか動かす
思考の結果、「氷の女王」に一目惚れした「仲間同士」

「氷の女王」を見事、射止めた「勇者(バカ)」に親身になるのは
「仲間同士」故の、「援護」だと思った

遅れ馳せながら素直に「有難う」と、頭を下げた
自分に甚(はなは)だ面食らった顔面を向ける、同僚男性が呟く

「御前、勘違いしてる」

「、え?」

「否(いや)、勘違いは俺の方か」

直ぐ様、頭を振って独り言(ご)ちる同僚男性が

「風呂入らねえと晩飯、食わせねえぞ」

と、会話を打ち切ったので詳細は聞けず仕舞い

「一秒」が途轍(とてつ)もなく、長い

長いが、黙黙と八朔を剥いている義父の姿に
無理に会話を交わす必要性は感じないが、不用意にも零す

「彼奴、自分の事が好きみたいで」

座敷机を挟んだ向かい側
八朔の薄皮を剥き続ける義父が手を止めるが、冗談交じりに続けた

「彼奴が相手なら「彼女」も許してくれるかな、って」

到頭、堪え切れず吹き出す義父が
「申し訳無い」の謝意を込めて手刀(てがたな)を切るが
自分自身も勿論、此れは「笑い話」だ

「、済まない」
「、彼(あ)の娘(こ)が「原因」なのに笑ってしまうなんて」

「否否(いえいえ)」

唯唯、同僚男性には悪いが
「女」に捨てられて「男」に拾われるとは本当、洒落にもならない

座敷机の上、彼奴が購入した
手土産は彼女も選んだ、「東京銘菓」だった

「、何で此れ?」

「「東京土産」って言えば、此れだろ?」

鰾膠(にべ)も無い返事を寄越す同僚男性と並んで立つ、新幹線乗降場

今更ながら、「東京銘菓」について
彼女の蘊蓄(うんちく)を聞き損ねた事が悔やまれる

双方、存分に笑い終えた後

「彼(あ)の娘(こ)に文句等、言わせないよ」

義父の言葉に短く、乾笑を漏らして同意する
束の間、丁寧に剥いた八朔を自分へと差し出した

「どうぞ」

自身の手元、差し出された八朔を見詰めて礼も言えない
自分は此処ぞとばかりに泣いているのかも知れない

如何にか満面の笑みを向ける
其れに応えるように微笑み返す義父がぽつり、と言う

「食べたら、会いに行こうか」

自分は頷いた
自分は一心に頷いた

受け入れてはいない
受け入れてはいないけど

何(ど)れ程、鉄壁の構えを誇る「氷の女王」

誰も彼も陥落は出来ないと諦めていた
誰も彼も遠巻きに畏れ多い、清高な姿を眺めていた

其処に現れた「勇者(バカ)」一人

「勇者(バカ)」は「賢者(同僚男性)」を伴い、「氷の女王」に謁見する

作品名:徒桜 作家名:七星瓢虫