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ラスト・ショット ~今月のイラスト~

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 そりゃもう、僕としては最高に張り切らなくちゃいけないね……と言っても僕が出来ることは正確に滑ることだけ、由紀子さんのショットと、いずみさん、直美さんのスイ―ピングが頼りさ。

 由紀子さんの指示を聞いて、いずみさんと直美さんがリンクに滑り出して行った。
 いよいよだ。
 由紀子さんが、左足を前に出して低い姿勢を取り、ハックと呼ばれる足掛けを右足で蹴って滑り出した。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 良いよ、スピードはばっちりさ、後はスピンの加減を間違えないで……。
 由紀子さんの細くて長い、きれいな指が、ホッグラインの僅かに手前で反時計回りのスピンを掛けながら僕のハンドルを離れた……うん、スピンの加減も完璧、ここから僕のビクトリー・ロードの始まりさ。
 スピードもスピンも完璧だったから、いずみさんと直美さんはブラシを構えたまま僕の少し前を滑って行く。
「まだよ、まだまだ!」
 由紀子さんの凛とした良く通る声がリンクに響き渡る。
 緊迫した決勝戦の最後の一投、敗退したチームのメンバーも含めて観客全部の眼が僕に注がれていて、固唾を飲むようにして見守ってる、そんな中で由紀子さんの声だけがリンクに響き渡る。
 向う側のホッグラインを過ぎた頃からスピードが落ち始めて、スピンが効いて来て僕は少しずつ左にカーブを切り始める、このままでもボタン上にある赤いストーンの真ん中に当たりそうだ。
 でも、コツンと真中に当たっただけじゃボタン上のストーンしか弾き出せない。
 もうちょっとだけ強く、右側に当たらないと……でもあまり芯から外れると、弾いたストーンが手前の赤いストーンに当たっちゃう、もうちょっとだけスピードが欲しい。
「今よ!」
 由紀子さんが叫ぶと、いずみさんと直美さんが猛然とスイープを始めた。
「もうちょっと! もうちょっとよ!」
 そう、『もうちょっと』だよ。
 このままスイープをやめてもボタン上の赤いストーンをはじき出すことはできるし、それは手前の黄色いストーンにも当たらない、でも僕にはもうひとつの使命があるんだ、すぐ後ろの赤いストーンを手前の黄色いストーンよりボタンから遠ざけると言う使命がね、逆転勝ちには2点必要なんだから。
(ここだ! このまま進ませて)
 僕がそう思ったのと同時に由紀子さんの声が飛んだ。
「ストップ!」
『チーム・ナイヤガラ』は出来ることを全てやってくれた、後は僕に任せて!

 コツン。
 僕はボタン上の赤いストーンのちょっと右側に当たった。
 紅いストーンはスルスルと離れて行く、よし! これでこのエンドの得点は『チーム・ナイヤガラ』のもの、でもこれだとまだ1点、同点で延長戦になっちゃう。
 紅いストーンのやや右側にに当たったことで、僕も右側にコースを変えた。
(来るな! 来るな!)
 後ろの赤いストーンの声が聞こえた気がしたけど、それを聞き遂げるわけには行かないな。

 コツン。
 僕は後ろの赤いストーンの真ん中より僅かに左に当たった、彼はイヤイヤをするようにスピンしながら離れて行く……。

『やったー!』
『やった! やった!』
 全てのストーンが静止すると、いずみさんと直美さんが飛び上がった。
 僕はボタンの後ろ端に乗って止まり、ふたつの赤いストーンはボタンの外側にある赤いゾーンまで進んで止まった、もうひとつの黄色いストーンはボタンと赤いゾーンのちょうど境目、これで2点! 逆転勝ちだ!
 由紀子さんと美紀さん、こずえさんも滑って来て僕を取り囲むようにして輪を作って抱き合ってる、最高だよ! この瞬間に輪の中心にいるために僕は生まれて来たんだ! 
 そして、『チーム・ナイヤガラ』の美女5人はリンクにかがみこんで一斉に僕にキスしてくれたんだ……僕は世界一幸せなストーンだな……掛け値なしにそう思った。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 あれから1か月。
 もちろん『チーム・ナイヤガラ』はオリンピック本番に向けて今日も練習中さ。
 そして由紀子さんの手にはもちろん僕。
 オリンピックについて行けないのが残念で仕方がないけど、彼女たちならきっとメダルを首にかけて戻って来ると信じてる。
 あの逆転勝ちでチームの結束は更に強くなったしね。
 そして、その結束の象徴は僕なのさ。
 なぜって。
 あれから毎日、練習が終わると、棚の上に片付けられた僕に5人が代わる代わるにキスして行ってくれるからね…………羨ましい?