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火曜日の幻想譚 Ⅳ

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468.ある男女



 とある部屋に、その男女はいた。

 二人とも、いすに腰を掛けている。ちょうど向かい合わせの格好だ。
 その二人の間には、胸よりやや低いくらいの高さのテーブル。そして、そのテーブルの上には、1枚のところどころ緑色の紙が置かれている。

「……はぁ」
「…………」

 ため息をつく男。何も言わない女。時は流れていく。


 二人は新卒で入社した会社の同期だった。そして、同じ会社で競いあっていくうちに恋仲になり、27の歳に結婚した。翌年、長男が生まれ、その2年後に長女が生まれる。
 この頃、男の母と女の間に確執が発生し、ややギクシャクした時期があったが、冠婚葬祭以外は実家との付き合いを絶つと男が宣言したことにより関係は修復された。
 それ以降は、おおむね男女とも式を挙げた時に行った神父の言う通りにしてきた。すなわち、病めるときも健やかなるときも、お互いを愛し、慰め、助け合い、誠実に過ごしてきたのである。

 二人の子どもはすくすくと育ち、ふたりとももう成人して独り立ちしている。また、妻は出産の際に会社を変わったが、相変わらず共働きでこの年までやってきた。そんな状況になって、ほぼ同時に二人の胸に去来するものがあった。それが離婚という二文字だった。

 二人は周囲に離婚を報告することにした。確かに一組の男女が別れることは由々しき事態だ。特に彼らは、もともと同じ会社に在籍していたので共通の知り合いも多い。二人はそういった共通の知人に、丁寧に離婚する旨を報告しに行った。そして今日、ようやく思いつく限りの全ての人に、離婚の報告をし終えたところなのである。

「…………」
「…………」

 後は離婚届に記入して役所に提出するだけ。それだけのはずなのだが、二人の顔つきは浮かなかった。離婚を後悔しているのではない。皆に報告する際に散々言われて、どうにか切り抜けてきたことが、この離婚届でも突きつけられていることが分かったからである。

 離婚の理由。

 そう。二人には特段、離婚すべき理由などなかったのである。
 浮気など別にしていない。経済的にも困っていない。DVなんて言葉を知ったのも最近なぐらい縁がない。
 相手を嫌いになったというのもしっくり来ない。子どもが独立したからというのも違う。男の義実家とは縁が切れているが、これも別に昔のことだし、何ら不自由はしていない。

 本当に、全く離婚の理由がないのである。

 だが、二人はこれまでの関係者への報告で、これでもかというほど離婚の理由を聞かれた。何かあったのか、どういった不満があるのか、助け合って乗りこえることはできないのか。そんな質問を嫌というほど浴びせかけられてきた。そのたびに二人は、曖昧な笑いでごまかし続けてきたのである。

 精神的な疲労はとてつもないものだったが、それでも離婚報告はそれでどうにかすみ、二人の証人も取り付けることができた。そこまで積み重ねて、とうとう離婚できる。そういう思いで、テーブルに差し向かいになっている状況なのである。

「……なあ」
「……はい」
「なんでくっつくときは、皆、手放しで祝ってくれるのに、離れるときはこうなんだろう」
「分かりません。でも、みんな何かしら理由を付けないと、別れられないんでしょうね」
「じゃあ、今後、聞かれたときのために、なんとなく、とかにしておくか?」
「それで、みんな、納得してくれればいいんですけど」
「なんとなく別れるじゃ、世間さまは許してくれないか」
「奇妙な話です。少なくとも私たちの間では」

 男が記入を終え、判をつき、くるりと180度返して、女にペンを渡す。女も所定の欄に記入をしていく。

 ある男女の夫婦としての最後の夜は、疑問とともにどこまでも更けていった。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅳ 作家名:六色塔