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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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六人の住人【完結】

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24話「前進」






時子です、こんばんは。

「五樹としての私」は、どうやらもう私から分離する事もなさそうです。私の生活と、私が「五樹としての私」をどう扱っているかの話をしたいと思います。



私は、以前は「五樹」を他者として観察する事が出来ました。しかし現在はその存在を「五樹としての私」と呼び、“過去の自分の振る舞い”としてすべてを見ています。

「五樹」の過去の記憶も人格的要素も、自分の物として統合された今、「五樹としての私」を自分と分けて考える事は基本的にありませんので、「私」と付けて呼んでいます。



私の毎日は、「五樹としての私」との統合をしてから、大分変わりました。

「五樹としての私」は、私より活動量と食事量が多く、私よりも理論的でしたし、他の人格を制するために、そのすべての発言を記憶出来る存在でもありました。

そして「五樹としての私」は、孤独を恐れず、死を望む事などありませんでした。


私の以前の食事は、誰がどう見ても足りない物でしたが、それもかなり多くなり、少し困っているくらいです。

毎日、私は大した苦痛もなく家事をするようになり、「五樹としての私」しかしていなかった、床掃除やトイレ掃除も出来るようになりました。

気がつけば、深い悲しみや、辛くて死にたくなる気持ちが消え、現実的に考える事が増えて、常に巻き起こっていた強い情動も、あっさりと姿を消しました。

それで少し困るのは、「感動する事があまりなくなった」という事でした。

ですが、私が以前に感じていた「感動」というのは、魂を引き裂かれるような、いわば苦痛すら伴う物だったので、まあこれ位が普通なのでしょう。


私は「五樹としての私」との統合以前の他の人格の発言や感覚、感情の記憶を受け取り、それぞれの人格がなぜそれを言ったか、したかを、把握出来るようになりました。

その記憶の中には、口憚るほど残酷な台詞もあり、また、胸が痛むほど悲しいものもありました。


最後に、死を望まなくなった事と、孤独を恐れなくなった事。この2つが出来るようになってから、日々が楽になりました。

どうやってそれをするんだと聞かれると返答に困るのですが、とにかく私は、その2つの必要性を感じなくなったのです。

死を望み続けるほど強い苦しみに囚われる事は無くなりましたから、死ぬ必要はなくなりました。

それから、人は生まれてから死ぬまでずっと孤独ですが、その事実が、人生における楽しみを邪魔する事はほとんどありません。人を愛する事も、おそらく。

もちろん、「孤独ではないのだ」と信じていた時と楽しみ方は変わるかもしれませんが、楽しみ自体が奪われる事はありません。今はそれで十分です。


「五樹としての私」との統合が済んでから、他の人格が姿を現すことはなくなりました。

おそらく、「五樹としての私」の役割として、「他の人格を統率し、無闇に表に出さない」という物があったので、主人格である私と合わさる事で、その働きがより強い力をを持ったのでしょう。

統合した事により私が安定しているから、他の人格が感情表現のために出てくる必要もないのかもしれません。


そういえば、「羽根の生えた猫」のイメージの記憶も私は吸収しましたが、本当に羽根が生えている猫なんですね。

統合前は時たま、男性が鳴き続ける猫をなだめる声などが聴こえていましたし、統合後に、背中の羽根をよけて猫を撫でてやっていた手の記憶を得たので、あれは「五樹としての私」でしょう。


今朝は叔母と電話をしましたが、以前「五樹」とよく電話をしていた叔母は、「五樹さんが時子ちゃんの真似をしてるわけじゃないよね?」と聞かれました。

私は声に落ち着きも出て、話す事がとりとめもなかった以前とも変わったと思います。それで、叔母からは「一瞬、分からなかったわ」と言われました。


明後日は久しぶりのカウンセリングなので、また頑張ってトラウマの処理をしようと思います。


お読み頂きいつもありがとうございます。長々と続きますが、ご辛抱頂けますと幸いです。




作品名:六人の住人【完結】 作家名:桐生甘太郎