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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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343.waiting…



 用事があったので、役所へと足を運んだ。

 取りあえず書類を書き終え、数字が書かれた紙を手にして、近くの椅子に腰掛ける。今処理をしている番号から察するに、これは相当時間が掛かりそうだ。

 椅子はちょうど20席並んでいた。5個で一列。その列が4つ。どれも同じ方向を向いていて、その先にはテレビと番号呼び出しのパネル。もう待たされることが前提の作り。

 個人的には待つのはそれほど嫌いじゃない。人生、そんなにあくせくしたって仕方がないし、別にそこまで急ぎの仕事もない。むしろ働かなくていいんだから、いっそ夕方まで待たせてくれたら直帰できて都合がいい、そのぐらいの気持ちでポケットからスマホを取り出す。

 メールやニュースの確認を終えたのでスマホをしまい、今度は前方のテレビに目をやった。大して面白くもない情報番組が、とある街のグルメ情報をレポートしている。おいしそうなメンチカツをレポーターが頬張ったとき、空間内にいきなり怒号が鳴り響いた。

「おせえっ! いつまで待たせるんだ! こっちは急いでるんだよ!」

 声のしたほうは、少し後ろの席だった。何ごとかと思って振り向くと、年配のおじさんが顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。あわてて職員の方が駆け寄り、一生懸命なだめているが、その勢いはもうつかみかからんばかりだ。

「なんでこんな遅いんだ! しっかり仕事しろっ! 給料、もらってんだろうが!」

 多分、みんなしっかり仕事をしてるんだよ。それに、給料をもらっていたってスピードには限りがあるでしょうに。急いで間違ったら、もっと面倒くさいことになるんだし。
 きっと、周囲の人も同じようなことを考えているんだろう。私の隣席に座していたおばさんが、あきれた顔でこちらを見つめていた。私はその視線に気付き、そのおばさんのほうに目をやり、迷惑ですね、というメッセージを込めて苦笑いを浮かべる。

 その途端、おばさんは格好の話し相手を見つけたと思ったのだろう。私に向かって勢いよく語りかけ始めた。ローンを組むことになったので印鑑証明を取りに来たことから始まり、組むのはいいけど、旦那さんがそろそろ定年なので心配なこと。娘は結婚しているけど、娘婿が職を転々としているので、将来が不安なこと。そのせいで娘も仕事に追われているらしく、最近はなかなか実家に帰ってきてくれないこと……。

 見知らぬ人間に話して大丈夫かと心配になるほどの個人情報暴露が延々と続き、思わずうへえとなってしまう。それだけじゃない、私は静かに待ちたいんだ、話し相手は別に必要としていない。そう思うのだが、おばさんのおしゃべりは止まらない。悪意がないのもあって、こちらから会話を切り上げるのも難しい。さらに間の悪いことに、後方のおじさんもさらにヒートアップしてしまい、楽しいはずの待ち時間は一気に地獄絵図と化してしまった。

 そんな地獄の様相の中、ふいに注意喚起音とともに前のパネルに新しい番号が表示される。ああ、自分の番号だ。私はすかさずおばさんに順番が来たことを告げ、席を立って受付へと歩き出す。少し前はあれほど来てほしくなかった自分の番。それに助けられ、ほっと胸をなでおろす。

 書類の提出自体は5分もたたずに終わり、私は開放された。これから昼食をとって仕事に戻らなければいけない。でも、おじさんの怒号とおばさんの長話に付き合うよりはいいか。あとメンチカツ、おいしそうだったから久しぶりに食べようか、そんなことを考えながら役所を後にした。

 しかし、あのおじさんとおばさんを見る限り、意外といい大人でも大人しく待つという作業は苦手らしい。自分に意外な能力が備わっていることに驚きつつ、私はメンチカツ定食を食べるべく近くの定食屋へと歩き出した。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔