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はなもあらしも ~颯太編~

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第五話 颯太の気持ち


 颯太は朝から気合いが入っていた。
 昨日、ともえが怪我を負わされ、犯人を捕まえられなかった悔しさから、何が何でも試合に勝つという気構えがすっかり出来上がっているのだ。
 洗ってさっぱりした顔をてぬぐいで拭い、微かに聞こえる道場からの物音に一瞬足を止め耳を澄ます。

「まさか、あの馬鹿!」

 次の瞬間颯太は走り出していた。廊下を大きな足音を立てて駆け抜け、道場の入り口を乱暴に開け放つ。
 
 バンッ!! 

「何やってんだ!」

 急に開いた戸に目を丸くし、颯太の怒声に急に慌て出すともえ。
 それを見て颯太は怒った顔のままともえに近づき、手持ちぶたさになっていた弓と矢を奪い取った。

「お前は怪我人! 試合まで日がないんだ。無理して試合に間に合わなかったらどうすんだ! 今日は絶対に練習すんなっ!」
「試合が近いからそこじゃない! 怪我させられて、負けたら悔しいもん! 私と颯太で勝って、卑怯者には負けないってことをはっきりと証明させたいの!」
「ともえ……」

 見るとともえの足は何重にも包帯が巻かれていて、ともえなりに工夫してなるべく痛くないようにしたのだろう。
 そうまでしてともえは試合に勝ちたいのだ。だが違う……

「お前が無理して例え勝ったとしても、オレは嬉しくなんかねーよ。お前が怪我させられたの見た時、心臓止まるかと思ったーーーオレさ、お前が弓道やってる姿好きだ。数日我慢すれば、今より良くなるって医者も言ってただろ? だから今無理すんな」
「――心配してくれてありがとう。わたしね……ただ試合に勝ちたいだけじゃないの。日輪道場の代表として、堂々と試合に出て勝ちたいの。どこぞの田舎からひょっこりやってきたたいした事ない女だからってだけで、日輪道場が馬鹿にされるのが悔しいのよ。もし、私にもっと実力があって、名の知れた名手だったら、こんなことされなかったかもしれない」

 ともえは勝負に勝ちたいだけではなかった。父親同士が懇意にしているとはいえ、実際にこうして顔を会わせたのは初めてで、知り合って間もない颯太達日輪道場の人間の事を真剣に考えている。
 そんなともえの真っ直ぐな気持ちと優しさが、颯太の胸に響いた。
 最初はともえの無謀さに怒っていた颯太だったが、ふと顔の表情を緩めると優しくともえの頭に手を置いた。

「お前は無理するなって言う方が余計に無理しそうだもんな。よし分かった。休めとは言わねえから、代わりに真弓兄が教えてくれた特別な練習方法を教えてやる!」

 今まで落ち込んでいたともえの顔が一瞬にして明るくなる。

「ゴムを使うんだ」

 そう言って道場の奥から颯太は棒にゴムが結びつけられた不思議な道具を取り出して来た。

「これを座ったまま引くんだ」
「へえ」

 さり気なくともえの横に椅子を持って来て座らせると、颯太はその手にゴムを握らせて引いてみせた。

「結構重たいのね」
「筋肉つきそうだろ? んで、真弓兄が言うには弓道の所作を最初から最後まで通して頭の中で思い描きながらこれを引くといいらしいんだ。確か……いめえじとれんにんぐっつったかな」
「いめえじとれんにんぐ?」
「ちょっと違ったか? まあいいや。達人になると、頭の中で的のど真ん中に矢を射る様子を思い描く練習だけで、実際に強くなるらしいぜ」
「すごい!」

 颯太の説明に瞳を輝かせたともえは、早速集中し始めた。
 女性らしさの中にピンと一本鋼の刃を身構えているような、そんな空気感を放つともえはもっと強くなると颯太は確信していた。
 本人は気付いていないが、素質だけなら自分よりも上かも知れない。
 こいつは危なっかしくて目が離せないんだよな……
 そう思いながら、今まで感じた事のない感情に、颯太は熱くなった胸をギュッと抑えた。

 何だ? 苦しい? いや、温かい……?


 恋を知らない颯太が、初めて恋心を知った瞬間だった。