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八九三の女

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[巡礼地]



嘗て表街の住人が
厭う裏街の住人を外へ外へと追い遣った結果

裏街の住人は溟海を手に入れた

海が齎すモノは雄偉だ

食べ物を与え
飲み物を与え

異国の地の、友人を与える

裏街の外れ、海岸沿いには
安住の地とは程遠い、暮らしの中でも信仰心は失わない
異国の地出身の住人達の手によって創られた、各各の聖地が存在する

裏街で唯一
表街の観光雑誌に掲載された(らしい)、巡礼地だ

先祖代代の菩提寺も、その聖地の一角に建つ
確か、親父殿の先祖代代の墓もある

だが、親父殿は基督教徒故
隣接する教会の墓地に入る予定の墓を購入した(らしい)

「真逆の墓参り?!」と、ばかりに顔を見合わせる
三人を余所に社長は山門を潜っていく

先祖代代の菩提寺だが
稼業を忌む母親は彼女の遺言通り、表街の霊園に入れた

死して漸く、裏街を出て行った母親
そして父親も母親同様、霊園に入る事を望んだ

結局、母親も父親も祖父や自分とは違い、金貸し屋にはならなかった

日課である境内の履き掃除をしていた住職は
祖父の死後、漸く訪れた社長の姿に驚きつつも挨拶を交わす

そうして、本堂横手の小径に続く門を抜ける社長の後ろ姿を
竹帚片手に見送る住職の目に、その後を追い掛ける三人の姿が横切る

内の一人が立ち止まり丁寧に頭を下げたのを見止め
住職も厳かに頭を下げた

棚田のような敷地に、そう多くない数の墓所が並ぶ

裏街の住人の殆どが墓すら持てないのが現状だ
遺族から遺骨のみ受け取り、各各の納骨堂に納めるしかない

叔母の母親も
少女の両親もそうなのだろう

そして、あの人も

一段一段
石階段を上り切った天辺、眼下に大海原が広がる
先祖が眠る、祖父が眠る墓所が建つ

檀家総代の特権なのだろうか
詳しい事は知らないが、これからも知る事はない

病に臥せた祖父が癇癪気味に総代を辞めたからだ

祖父の入院中
住職が相談に来たが、切羽詰まった様子を無下にも出来ず
総代以外の諸諸については継続する事を約束した

寧ろ、自分には好都合だ

金があれば、金で方が付く裏街は容易い
金があっても、金で方が付かない表街は手強い

それだけの事だ

「今日は、祖父の月命日だ」

ぼちぼち追い付いた三人を振り返り、そう語る社長

日頃の運動不足を呪う前に
外柵に囲まれた大層、立派な墓石を見遣り
祖父の死後、入社した社員は先代の威光を感じ取ったのか
小さく身震いして恐縮する

既に、親父殿が訪れたらしい
花立には白い香石竹が仏花として供えてある

雨の残る早朝に来たのか
花弁を濡らす雫が午後の緩やかな陽射しを受けて、零れる

相変わらず、自分は安定の手ぶらだ

意味が分からない
意味が見つからない
無神論者というよりは、不可知論者だ

それでも子どもの頃は祖父や両親と共に墓参りに訪れては
墓掃除をしたり仏花を供えたりしてたのにな、と思う

墓前で全く、動こうとしない社長に戸惑うも
合掌しようと身を屈めた少女の腕を咄嗟に掴み上げる

心底、驚いた顔を向ける少女に社長が言う

「悪い」
「先ず、俺の話しを聞いてくれないか?」

幼馴染に言われた通りだ
「悪い」という言葉は便宜上、使っているだけだ

「悪い」等、微塵も思っちゃいない

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫